玲音の過去

 翌日の放課後のこと。


「やっぱりここだよね!」

「なんか、原点だよな」


 いつもの屋上で、玲音はニコニコと俺を見つめてくる。

 あまりにも見てくるので心配になってきた。


「顔になんか付いてる?」

「好きな人の顔見ちゃダメかな?」

「……」


 世界中の全人類に向かって叫びたい。

『俺の彼女は世界一可愛いです!』って。

 そのくらいに可愛かった。

 久々に玲音が普通の可愛い女の子に見える。

 そんなことを思っていると。


「そう言えば昨日の帰り鼻ほじってたよね?」

「しっかり見てたのかよ!?」


 雰囲気ぶち壊しもいいとこだ。

 何故よりによって今言うんだ。

 一生胸の内にしまっとけ。

 ていうか、待てよ。


「なんでそんなに近くにいたなら弁当箱渡してくれなかったんだ?」

「いや、折角なら家までついて行こうかなと」

「ストーキングすんな!」


 お巡りさんこの人です。

 この人、ストーカーです。

 早く捕まえて下さい。


「悪趣味なことはやめろよ」

「いいじゃん。減るもんじゃないでしょ」

「そういうことじゃねえだろ」


 やはり玲音は玲音だった。

 どんなに可愛くても根は残念。

 それでこそ青波玲音、俺の彼女である。


「で、詳細ってのはなんだ?」


 本題に入るべく、そう聞くと玲音は自慢げに言った。

 曰く。


「ねぇ依織くん。もう一度放課後に伏山くんたちと勝負しようよ!」


 やはり俺の彼女は頭がおかしかった。


「お前は馬鹿なのか? 一ヶ月前の記憶なくなったのか?」

「覚えてるよ? 私が依織くんに告白して大失敗しちゃった奴だよね?」

「覚えてるんなら考え直せ!」


 俺は大声で叫ぶ。

 そして玲音の両方を汗ばんだ両手でがっしりと掴み、オタク特有の早口で捲し立てる。


「おい、どうなるかわかってんのか?

 前回よりも更に難易度高いんだぞ?

 確実に富川からは殴られるだろうし、伏山からも殴られそうだし。

 あの頃はちょっと目につく陰キャ程度だった俺も、今では完全に陽キャ様から敵扱いされてるんだぞ?

 それはもうボッコボコだろ。

 サンドバッグみたいに身体中を殴られて蹴られて……俺は死ぬぞ?」


 ぜーはーぜーはーと肩を上下させながら呼吸する。

 久々のノンブレストークに肺もびっくりだったようで、中々酸素が戻ってこない。

 しかし、そんな俺を他所に玲音はのほほんと言った。


「大丈夫。なんとかするよ」

「で、前回は失敗したじゃねえか」


 思い出したくもない一ヶ月前のこと。

 教室のみんなの前で公開告白を受け、いたたまれなくなり退散。

 惨敗だった。


「今回は大丈夫!」

「何を根拠にその自信は湧き出てくるんだ」


 すると玲音は急に目を細めて風になびく髪を撫でる。

 そしてやけに色っぽく言った。


「女の感」

「ふざけんじゃねえぞ!」


 女の感だと……?

 精々当たるかもわからない感如きのために俺の大事な命を賭けろってか?

 馬鹿にするのもいい加減にしろや!

 しかし、玲音は首を振る。


「今回の勝負は前とは条件が違うよ」

「条件?」


 俺が聞き返すと、玲音は頷いた。


「今回は君と伏山くんが元親友っていう新たな武器があるから。この話を持ち出せば、伏山くんだって下手に手を出せないでしょ」

「……そうか?」

「もちろん!」


 わからない。

 なんだか『そんなの記憶はねえよ』だとか何とか言われて一蹴されそうな気しかしないんだが。

 むしろ情に訴えた事によって機嫌を損ねてさらに怒らせそうなんだが。


「もう思ってること全部吐き出しちゃえばいいんだよ」


 そんなことを思っていると、玲音は少し声のトーンを下げて言った。


「思ってること?」

「君の胸の中にあることだよ」


 玲音はそう言うと、俺の胸を妙な手つきでなぞる。


「嫌いなんでしょ?

 この校内カーストっていう制度が。

 確か学校で初めて話した時も言ってたもんね?

 江戸時代の身分制度を習う前にこの校内の身分制度をどうにかしてくれだとか」


 いつもはふざけた雰囲気の玲音が、真面目な表情をしていることにギャップを感じる。

 こいつもこんな顔をするものなのか、と改めて感じだ。


「私も賛成だよ。私ね、今まで言ってなかったけど前の学校とかでは結構静かだったんだ。

 人見知りで周りの人達とは距離置いてたりして。

 でもさ、こんな見た目だから勘違いされちゃって、軽く避けられてたの」

「えっ?」


 初めて聞く話に、俺は耳を疑う。


「今だと信じられないかもしれないけど、校内カーストってものに苦しめられた時が私もあってさ。

 高一の春にね、新しい人間関係が構築される前に、友達を作ろうと思ったの。

 中学までとは違って、ちゃんと頑張ろうって。

 人間関係も気を使っていこうって。

 でも……できなかった。

 既に中学の頃の私のこと、他の子にバラされてて誰も私と仲良くしてくれなかった。

 イケてる女子達からは腫れ物みたいに避けられたし、静かな女子達も遠回しに私を避けた」


 玲音の切ない笑みに俺は胸を締め付けられるような痛みを感じた。

 目に見えるカースト制度によってグループを固定化。

 違う身分の者がそのグループに近づこうものなら全力で排除する。

 それは紛う事なきカースト制度の弊害だ。


「まぁ私は依織くんとは違って、そもそもカーストから除外されてたんだけどね」


 最後にオチをつけるかのように笑って言う玲音に俺は酷く悲しみを覚える。

 まさか、そんな事があったとは知らなかった。

 今の明るい玲音からは想像もつかない。

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