彼氏採用面接

「イオリ。何飲む?」

「え、いや……」

「What do you want to drink?」

「え、えと……じゃあコーラで」

「ワカッタ」


 目の前でコップにコーラが注がれる。

 特有の弾ける音を立てながら、黒い液体はコップの中へ吸い込まれる。


「どうぞ!」

「え、せ、センキュー」

「Your welcome」


 片言で感謝を述べると、俺にコーラを渡した銀髪碧眼の美人な女性はニッコリと微笑んでくれた。

 そして。


「ようこそ青波家へ」


 俺は盛大にもてなされていた。



 ---



「紹介するね。この人が私のお母さん」

「コンニチハ。Maryです」

「あ、こんにちは」


 玲音に紹介されると、嬉しそうにお母さんは微笑んだ。

 俺も応えるようにぎこちなく笑い返す。

 しかし、それにしても。

 とてつもなく居心地が悪い。

 何がそんなに俺を緊張させるかって言ったら玲音の母親の容姿だ。


 煌びやかな銀色の髪の毛。

 透き通るような青っぽい瞳。

 そして純白な肌艶。

 まるで美を具現化したような姿だった。


「お兄ちゃんはお母さん似なの。わかったでしょ?」

「あ、うん」


 確かに晶馬さんそっくりだ。

 初め、玲音と兄妹と聞いた時は驚いたが、実際母親を見てしまえば納得である。

 まるで妖精のような親子だ。

 もっとも息子の方は少し不良品だが。

 そんな事を考えていると。


「ただいまー!」


 何故かスーパーハイテンションな男が帰宅なさったようだ。


「あれ、依織くんも居たのかい?」

「お邪魔してます」

「ゆっくりして行くといいよ。僕はいつでもいつまでもwelcomeだからね」

「結構です」


 だいぶ扱いに慣れて来た俺がそう返すと、晶馬さんは「玲音も依織くんも冷たいなぁ」と呟く。

 少し罪悪感が湧いたが、ちゃっかりリビングの椅子に座って来たため、どうでも良くなった。


「で、なんだいこれは。玲音の彼氏にふさわしいかテストでもしているのかな?」


 不思議そうに晶馬さんが尋ねる。

 確かに不思議な構成だ。

 彼女とその母と俺。

 面接でもしているかのようだ。

 そして、その問いに答えたのはまさかのお母さんだった。


「Yes. 今からイオリを処罰します」

「しょ、処罰!?」

「oh. 間違えました。判断します」

「言い間違えってレベルじゃないだろ……」


 割と本気で冷や汗をかいた。

 やめて欲しい。

 ただでさえ緊張してるのに、処罰とか洒落にならないこと言うのは本当に……


「いやいや母さん。この男は処罰するべきだよ。

 だってね……浮気してるらしいんだ」

「何言ってんですか!?」


 マジで何言ってんだよこの人!

 浮気なんてしてないだろ。

 確かにちょっと不味い雰囲気になったりしたが、浮気なんて断じてしてない。

 ってかまだ昨日の今日でその話はダメだろ!

 しかし時すでに遅し。


「Shomaっ、それreally!?」

「なぁ玲音?」


 晶馬さんに尋ねられた玲音はあっさりゲロった。


「うん。昨日、別の女と抱き合ってキスしてた」

「いやぁぁぁぁ!!」


 悲鳴が響き渡った。

 女のような甲高い悲鳴だ。

 この世の終わりのような表情をして叫ぶ。

 その者の正体は、俺だった。

 情け無く高い声を上げて叫んでいた。


「他の女に抱きつかれて鼻の下伸ばしててさ」

「やめてください死んでしまいます!」

「それで、それで……」

「こら玲音」


 晶馬さんが玲音を止める。

 そして言った。


「もう見てご覧。やめてあげなさい。依織くん本当に死んじゃったよ」


 そう、その通り。

 俺は死んだ。

 死んでしまったのだ。

 いや、正確には心を閉ざしたのだ。


 俺は確かに昨日のことを悪かったと思っている。

 玲音にも、柚芽にも。

 だがしかし。

 俺から別に浮気したわけじゃないんだよ!

 全然柚芽から好かれてる事すら気づいて無かったんだよ!

 それなのに……それなのに……


「ごめんね依織くん。言い過ぎたよ」

「うっせぇ!」

「ひぃ……」

「依織くん。その程度に……」

「もうやめてください。いいんです、優しい言葉で俺を惑わすのはやめて下さい」


 もういいんだ。

 みんな俺を馬鹿にしてるんだ。

 俺は再び闇に心を沈める――


「はっはっはっ!」


 するとそんな時だった。

 突然の笑い声に俺は顔をあげる。

 なんと笑っていたのは、


「お母さん?」


 玲音の母親が凄くお腹を抱えて笑っていたのだ。


「イオリは面白いな!」

「ありがとうございます?」

「はっはっはっ! OK!」

「……は?」


 俺が声を漏らすと、玲音の母親は言った。


「Rainのカレシ。許す」

「ええええ!?」


 意味がわからない。

 なんで今の会話で許しが出たんだ!?

 すると玲音が笑いながら言った。


「ごめんね依織くん」

「何が?」

「全部ドッキリよ」

「……は?」

「母さんのいい間違えの下りから全部冗談だから。お母さんはとっくに許してくれてるんだよ」

「はぁぁぁ!?」


 なんていう事だ。

 じゃあ今のは何のためだったんだ?

 全部嘘だって言うのかよ。

 浮気呼ばわりも、母さんの処罰の言い間違えも全部……?

 だとしたらそれはそれで。


「なんだこの家」


 キチ○イしかいねえじゃねえか。

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