主人公補正はない

「と、富川……」

「陰キャが俺の名前呼ぶんじゃねえよ」


 イラつく笑みで馬鹿にしてくる。

 相変わらずの態度だ。

 一ヶ月前も同じことを言われた気がする。

 富川はなお煽るような口調で言った。


「おいおい、校則にもあるだろ? 不純異性交遊は禁止なんだよなぁ。なぁ?」

「いや、別に俺はそんなこと」

「はぁ? そんな絡み合っててよく言うわ」


 富川は俺たちを呆れたような目で見た。

 今現在、俺は玲音を押し倒し、玲音はその俺にしがみついている。

 うーん、ちょっとさぁ。


「いい加減離れろよ!?」


 俺が叫ぶと玲音が驚く。


「君が離さないんじゃん」

「お、俺が悪いのか!?」


 さも自分は何もしていないかのように眺めてくる玲音。

 しかも腹が立つことに、そんな表情も可愛い。


「今私のこと可愛いって思った?」

「あ、うん」


 ヤバい。

 俺のあほ症状『思ったことを口に出す』を発動してしまった。

 玲音は満足げに笑う。

 しかし、


「おい、何二人でいちゃついてんだよ」


 存在を忘れていた富川が睨みつけてきた。


「気持ち悪い。こんなところでイチャイチャしやがって」

「いや、教室で膝の上に女乗せてるお前に言われたくないんだが」

「は?」

「なんでもないです」


 ついノリで突っ込んでしまった。

 最近は突っ込むことが多くて、違和感を覚えるとすぐに突っ込む癖がついてしまったな。

 治さないと。


「お前さ、調子乗ってんだろ?」

「……」


 つくづくフィクションの悪役のようなセリフを吐く奴だな、こいつ。

 なんか聞いてて寒くなる。

 ただ、実際俺は今、調子に乗っていることは確かだ。

 だってさ、こんな可愛い彼女ができて、調子に乗らない奴なんているか?

 いるわけないだろ。


 だが、どう答えたものか。

 別に俺はこいつらと喧嘩したいわけじゃない。

 ていうか富川ってすぐに手をあげるタイプだし、殴られるのは嫌なんだよな。

 だからといって、ここで黙って負けるのも玲音にカッコ悪い。

 うーん、どうしたものか。


「なんか言えよ。怖じ気付いたのか?」

「フッ」

「何笑ってんだよ。殺すぞ」


 ダメだ。我慢できない。

 怖じ気付いたのか? とかリアルで使う奴がいるという事実に驚愕。

 寒い通り越してウケ狙いだろ。

 そんなことを思ってると。


「ねぇ、どうやって殺す気なのかな?」

「は?」

「いや、殺す手段はもう考えてるの?」


 玲音は俺の元から離れ、元いたベンチに座ると、不思議そうに富川に尋ねる。

 あくまでも清楚風を装った、猫かぶりモードだ。


「ちっ、小学生みたいなこと言いやがって」


 苦しい返答をした富川に玲音はなお尋ねる。


「えー? そうかな? なんかあったらすぐに殺すしか言えない方が小学生じみてるよね?」


 確かにその通りだ。

 だが、マズい。

 富川は感情をコントロールできるタイプではない。

 そう思っていると、案の定。


「ぐだぐだうるせぇんだよ! このクソ女が!」


 富川が殴りにきた。

 大きく腕を振りかぶる。

 狙いはどう見ても玲音。


 ドガッ


「あぁぁっ! いてぇなぁ」


 流石に背中に受けるのは痛かった。

 背骨には当たらなかったが、振動で震える。

 痛くて痛くて震えます。


「い、依織くん!?」


 玲音が心配したように背中をさすってくれる。


「痛くない!?」

「いてぇに決まってんだろ」

「確かにそうだね!」


 久々に玲音が慌てていた。

 まるで出会った当初のようだ。

 あたふたしながら、優しく背中をさすってくれる。

 変態じゃなくて、いつもこうだったらいいのに。

 しかし、富川の怒りはさらにヒートアップしたらしい。


「邪魔だよ。どけ!」


 俺の横腹を蹴り、ベンチから落とす。


「もっと丁寧に扱えよ……」


 俺はそう呟きながら、玲音に狙いを定めた富川の足を噛んだ。


「いってぇ!」


 昔から、だいたい喧嘩慣れしてない奴って相手の足を噛むのがフィクションのお約束だ。

 ボロボロになりながら、相手の足を噛んで起死回生を図る、みたいな。

 でも、あれフィクションだったんだな。


「キメェんだよ!」


 富川にそのまま顔を蹴られた。

 痛い。

 口いっぱいに血の味が。

 明日には顔がパンパンになりそうな感じだ。

 野暮ったい顔がさらに。


「ははは。やっと捕まえた」


 しかし、そんな悠長なことを考えている暇はなかった。

 頭上ではとうとう玲音を捕まえたらしく、富川が嬉しそうに笑う。


「前からイラついてたんだ、お前には」


 富川は憎々しげに言った。


「前に俺に喧嘩売ってきやがったよな?」

「やめて! 離して!」

「で、今日も喧嘩売ってきやがった」

「離してって!」

「痛っ! ちっ、クソ女が」


 どうやら玲音が何か仕返したらしい。

 富川がうめく。


「前回は伏山、今回は海瀬に守ってもらったかもしれないけど、もう誰もいねぇ。やりたい放題だ」

「きゃあー! 助けて! 誰か助けてください!」

「誰もこねぇよ! ここは立ち入り禁止なんだからな!」


 俺はなんとか手に力を入れて立ち上がろうと試みた。

 だが、無理なものは無理。

 そもそも最初の一撃で俺は瀕死だったし。

 富川は、いじめ慣れしてるし、当然喧嘩慣れもしてる。

 今まで人を殴る経験を積んできた奴だ。

 そして、そんな奴の一撃をもろに受けたんだ。

 冴えないオタク野郎が。

 どうなるかなんて容易に想像できる。


 俺は何もできなかった。

 無力さに歯をくいしばることすらできなかった。


「なんなんだよ、だから……陽キャなんか嫌いなんだよ……」


 最後の力を振り絞って嘆く。

 陽キャっていう連中は自分たちが王様とでも思ってるんだろう。

 冴えない奴らはみんな悪。

 悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪。


「せっかくラノベ主人公気取ってたのに……! 主人公補正とかで能力目覚めたりとかねぇのかよ……!」


 悔しさに、視界を滲ませながら、俺はさらに嘆いた。

 しかし、


「いつまでもうっせぇんだよ!」

「グハッ!」

「依織くん!!」


 いつからバトル漫画に変わったのか。

 そう思うような追撃だった。

 辛いし、痛い。

 もう帰りたい。

 そもそも最初に陽キャ軍団に喧嘩売ったのが間違いだったんだろう。


 ただ、少しは信じていた。

 まさかここまでやるとは思わなかった。

 伏山がいたなら変わったかもしれない。

 だが、あいにく今は不在だ。

 そう思っていると、富川も俺と同じことを考えたのか、言った。


「残念だったな。那糸ないとがいたらここまではならなかっただろうけど」


 那糸。

 伏山の下の名前だ。


「那糸は少しお人好しだからな」

「あいつがお人好しなんじゃなくて……はぁ、はぁ……お前がろくでなしなんだよ……」

「まだ喋るのかよ」


 富川はスプレーをかけてなお足掻くゴキブリを見るかのように俺を眺める。

 そして、それすら飽きたのか、玲音を向く。


「さぁ、これで邪魔はいなくなった」


 しかし、その時だった。

 屋上の扉が開く音がする。

 錆びついたドアを強引にこじ開けた、激しい音だ。


「ちっ! 鍵閉めといただろうが!」


 富川がイラついたように叫ぶが、屋上へやって来た何者かは答えない。


「いやぁ、最近のGPSは優秀だな。どこにいるのかすぐにわかるからね」


 男の声が聞こえる。

 すごく紳士的な、綺麗な声だ。


「あぁ、お取り込み中のようだね。それにしても依織くん。冷やさないとお顔が風船みたいになってしまうよ?」


 そう言って、冷たいスプレーをかけられた。

 おそらく、瞬間冷却スプレーだろう。

 そして、その声の主は言った。


「おい、そこのゴミ虫くん。僕、いや、俺の玲音から手を離さないと、kill youすることになるよ?」


 まさしく、正義の味方。

 俺はため息とともに安堵を吐き出す。


「晶馬さん……」


 青波晶馬。

 彼はやはりイケメンだった。

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