第3章 著しい俺を取り巻く環境変化

両親の帰宅

 あれから三日経った土曜のことだ。


「ね、ねぇ! 起きて!」

「んあ?」


 耳元で騒がしい声が聞こえる。


「早く、早く!」

「ぐぅ……」

「だから寝るなぁ!」


 甲高い叫び声はさらに音量を増す。

 どうやら声の主は、意地でも俺に嫌がらせがしたいようだ。

 それならばこちら側も全力で対抗させてもらおう。


「ふふん、後悔するなよ?」


 だが、声の主は俺の抵抗の意に気づいたか、喋り方を一変。

 何やら含みのある言い方だった。

 なんだかゾワゾワするが、ここは無視。

 意地でも動かない。


「そうか、それでいいんだね」


 声の主は確認をすると、声高らかに叫んだ。


「うぉりゃー!」

「あぼぇびょぼぼぼぼぉ!?」


 痛い!

 股間に激痛が走った!

 俺は飛び起きる。


「何しやがんだ! 梓っ!」

「あんたが起きないからでしょ?」


 あくまでも悪いのは俺らしい。

 しかし、それにしても。

 俺のち〇こ、折れたんじゃないのか?

 そっと下腹部を確認。

 よし、とりあえず折れてはない。

 むしろ反抗的に臨戦態勢に入っている。

 うーん、俺の息子はMなのかもしれない。

 じゃなくて、


「他人のモノを叩くんじゃない!」

「うるさいなぁ」

「死活問題だろ!?」


 もし折れたらどうしてくれるんだ。

 責任とって養ってくれるのか?

 俺、嫌だよ。

 子供は二人欲しいタイプなんだぞ。


「普通に兄のモノを触るな」

「言い方が最低。あんたの粗末なモノに興味なんてない」

「お前の方が最低だ」

「うるさい童貞」

「……」


 ここ数日、童貞って今までにないほど言われてるんですが。

 玲音にしろ梓にしろ、俺の周りにはなんでこんな奴らしかいないんだろう。

 涙が出てくる。


「って違うの! 起こしたのには訳があるの」

「犯した?」

「殺すぞ」


 おっと怖い。

 可愛い妹が凶悪犯になるところだった。

 自分のせいで家族から殺人犯が出るなんて想像しただけでゾッとするな。

 まぁ、そんなことは置いておいて。

 梓は慌てた様子で言った。


「パパが!」

「は?」

「パパとママが急遽帰ってくるって!」

「……は?」


 頭が追いつかない。

 そもそも寝起きだからという事もあるが、それだけではない。

 だが一番の謎は、


「どうして俺じゃなくてお前に連絡がいくんだ? こういうのって普通長男だろ」

「あんた喧嘩別れしてるじゃん」

「そうだったな……」


 俺の両親は今、海外勤めだ。

 そもそもあの人達が事業を起こしてるみたいだし、当然だが。

 俺はあの人達の仕事をいまいち知らない。

 何故かと問われれば、俺は単に興味がないからだと答える。

 幼い頃から後継と言われ続けたが、中三の夏のこと。

 俺はまだ日本にいた父親と大喧嘩した。

 親に将来を決められるなんて真っ平御免だからな。

 そうしたら、それっきり海外へ行きやがった。

 そして今に至るわけだ。


「帰ってきたんだな……」


 俺がぼそりと呟くと、梓も半泣きで訴えてくる。


「私たちの華やかな生活がぁ」

「たちじゃない。少なくとも俺は二人分の家事をこなさないといけなくて華やかじゃない」


 俺は、家にいた家政婦も両親について行ったせいで、全ての家事を請け負うことになったわけだ。

 自業自得だと言われればそうかもしれない。

 黙って親の言うことを聞いて親に敷かれたレールの上を無心で進んでいけば良かったんだろう。

 だが、それは嫌だった。


「ねぇ、どうするの?」

「どうするって言われてもな」


 正直どうしようもない。

 出来るとしたら、トンズラこいて逃げるくらいだ。


「二人でネカフェにでも泊まる?」

「……それはやめよう」


 梓は目を輝かせるが、俺は拒否。


「なんでよ」

「俺は正々堂々アイツらをまた追い出す。もうあんな奴らと暮らすのはごめんだ」

「できなかったら?」


 もし、親がこの家に居座ることになったら俺はどうするんだろう。

 この家を出るのが手っ取り早いが、そんなことしても生きていける気がしない。

 だからと言ってまた一緒に暮らすのは嫌だ。

 常に親の監視下で制限されるのは想像以上に辛い。

 首にリードを繋がれる感じだ。


 そして、何だかんだ学校が好きな俺もいる。

 名前からして面白いクラスメイトの苅田権三に、頭おかしいけど面白い隣の席の赤岸柚芽。

 さらになんと言っても、俺のことを好きでいてくれているだろう彼女の青波玲音まで、学校にはいるのだ。

 そう簡単に逃げてはいられない。


 しかも、玲音とのことを曖昧にしたままにするわけにもいかない。

 自分の気持ちにしっかり向き合わないと。


 そういえば、なんだか後味の悪い夢を見た。

 正確には、俺の昔の夢だろう。

 なんとなく、薄っすら覚えのある二人の少年少女らと、公園で遊んでいる夢だった。

 結局、両親に阻害されてあの二人とは会えていない。

 俺の幼い頃の予感は当たっていたのだ。

 そして、何故か顔も名前も思い出せない。

 思い出せたのは、俺にはやはり昔、好きな人がいたということだけだ。

 なんだかモヤモヤするが、とりあえず今は置いておこう。

 俺は梓に尋ねる。


「で、父さん達が来るのはいつなんだ?」


 俺が梓にそう言うと、梓はボソッと言った。


「今日の昼の二時」

「はぁ!?」

「私も、遅らせてって頼んだんだけど、もう電話かかってきたの昨日の夜中だし。もう飛行機とってるって言われて」

「マジか、え? 今何時?」


 俺はスマホの電源を入れ、ロック画面を見る。

 すると、


「いや、もっと早く起こせや!」


 既に昼の一時でした。

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