変人とのペア活動

 そして迎えた五限の授業。


「よし、今日はペア活動をするぞー」


 俺の穏やかな心中は、一瞬にして修羅場になった。

 そんな俺の心情など知る由もなく、血も涙もない担当教師は言う。


「いつも寝る奴がいるからなー。特に赤岸とかな。今日は全員起立しろ」


 くそ、面倒くさい。

 この教師はたまにこういう面倒なことをしてくるから嫌いだ。

 しかも担当は生物。

 昼休み後に生物だけでも最悪なのに、なんだこいつ。

 俺たちになんの恨みがあるんだ。

 それもこれも、赤岸のせいだ。

 そんなことを考えていると、伏山が声を上げる。


「えー、ダルいわ」

「それなら伏山。お前は立たなくてもいいぞ」

「マジすか!?」

「代わりに評点を大幅に削るからな」

「げっ」


「「あははは!」」


 大量のさくら (陽キャ女子) がどっと笑った。

 全くもって寒い。

 こういう会話をクラスの前でできる伏山の神経が知れない。

 大して面白くもないし。

 これだから調子者は嫌いなんだ。


 だが、一番の難点はそこではない。


「よしそれでは、一問目だ。『動物と植物の細胞の器官の仕組みについて、名称と働きを答えろ』二人で答えがわかったら座るんだぞ? 当てるからなー」


 そう、これだ。

『二人』で、答えを導き出すのだ。

 二人で。


「初っ端から寝てんじゃねえよ!」


 俺は隣の席で気持ちよさそうに寝ている赤岸の頭をはたいた。


「うあ? 放課後……?」

「馬鹿言うな。授業中だよ」

「なんで授業中に起こすのよ!」

「え? なんで俺キレられたの? わけわかんねぇ!」


 なんだこいつ!

 どうして俺が怒鳴られんといかんのだ。

 意味がわからん。

 しかし。


「おい海瀬、赤岸。遊んでないで早く考えろ。他の組みはもう始めてるぞ」


 先生にそう言われ、周りを見ると注目を集めてしまっていた。

 クラスから軽く失笑を漏らされる。


「なんで俺まで怒られるんだよ……」


 俺はため息をつき、横に目をやった。

 すると、


「ドンマイ」

「お前のせいだろうがあっ!」


 物凄くムカつく笑みを浮かべた赤岸に俺はキレた。



 ---



「で、えと。わかる?」


 深呼吸して落ち着いた俺がそう聞くと、赤岸は胸を張る。


「そもそも問題なんだっけ?」

「……」


 もういいんだ。

 突っ込むのはやめよう。

 疲れる。

 俺の体力がもたない。


「いいよ。じゃあ俺が解くからお前はそこで待ってて」


 俺は諦めるとシャーペンを持って教科書と睨めっこする。

 勉強は嫌いだし、特に生物はわからない。

 二年に上がり、グレードアップしたこの高校生物の教科書はもはや魔術書か何かのように見える。

 なんだこの記号。

 わけわからん。


「あぁ、睡魔よまだ私を連れ去らないで!」


 さらに隣では天に向かって手を伸ばした頭のおかしい人もいるし。


「ダメよ、まだ……え? 今は特にすることもないから寝るべきですって? 確かにそうだわ」

「確かにそうだわじゃねーよ。寝たら許さんぞ」

「天命が……」

「天命の前に先生の命令を聞き入れような。はい、この問題お前も解け」


 一人芝居を続ける赤岸に俺のノートを見せる。

 すると、赤岸はぼーっとししたように。


「あぁ、ダメ。無理」


 寝た。

 ノートを見て僅か二秒。

 早寝に世界記録があるのだとしたら更新したのではないのだろうか。


 というかマジで頭いかれてんなこの人。

 今日はガッツリ絡むことが多いが、本当に狂ってる。

 どういう生活、教育を受けたらこう育つんだろうか。

 ていうか義務教育受けてんのかな?

 どこ小だよ、こいつ。


 俺がそんなことを思いながら、赤岸を見ていると、不意に突っ伏していた顔を上げる。

 そして俺の方をやけに潤んだ瞳で見て、言った。


「あのさ、海瀬君」

「なに?」

「覚えてないの?」

「なにがだよ」


 覚えてるってなんだろう。

 約束を交わした記憶なんてないんだけど。

 そもそもまともに話したの先週が初めてだし。


「なんか約束みたいなのしてたっけ?」


 俺がそう言うと、赤岸は理性の灯った瞳で自嘲的に笑った。


「いや、なにも」

「じゃあなんなんだよ」


 相変わらず訳の分からない奴だ。

 急に変なこと言ってきて、なんのつもりだろうか。


 だが、この時俺は何故か、胸の奥に引っかかりを感じた。

 いつもと違う、真面目なトーンで話す赤岸に、俺は少しもやもやを抱いたのだ。

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