もう一人の戦士

「ほう……」


 咄嗟に距離をとった一騎を見て、感心したようにクロムが鼻を鳴らした。


「警戒心は持ち合わせているようだな。いや、恐怖か?」

「……どっちでもいいだろ」


 悪態つくように一騎が愚痴る。

 実際、クロムから放たれた威圧感は一騎の全身が粟立つほどの恐怖を感じさせていた。

 一瞬とはいえ、濃密な死のイメージが鮮烈に脳に焼きついたのだ。

 逃げろと本能が警鐘を鳴らしている。

 体が震えあがるほどの悪寒を感じ、一騎はゴクリと生唾を嚥下した。


「見違えたぞ、一騎君。初めて出会った時とはまるで別人だ」

「それはお互い様だろ? 厳つい外見がさらに厳つくなってるぜ……」


 一騎の苦し紛れの皮肉をクロムはニッと笑って流す。


「ふむ……俺も出来れば素顔をあまり見せたくないんだ。ほら、こんな顔だから小さな子供達が怖がってな。普段は髪を下ろしているんだが――」


 途端、クロムから放たれていた威圧感がさらに重くなる。 


「戦うには邪魔だろ?」

「――ッ!!」


 その瞬間、一騎はさらに後ろへと跳んだ。

 靴底で地面を削りながら、クロムから必死に距離をとる。

 冷や汗が止まらない。

 震える体を押し殺して一騎は切り札を起動させる。

 ガシャン――と重厚な金属音を響かせ、ガントレットのギミックが作動。

 ガントレットの一部が肘辺りまでスライドし、内蔵されたスラスターから白銀の魔力が噴出する。


 あらゆる攻撃を弾き返す《反射》の力を持った《魔人》を一撃で倒した一騎の切り札だ。

 今の一騎にはこれ以上の攻撃力を有した武器はない。


「その攻撃、《魔人》を一撃で倒したものだな」


 剣呑な眼差しを一騎の腕に向けながらクロムがぼやく。

 興味深い眼差しを向けながらも、隙らしい隙を一切見せない。

 一騎はジリジリと距離を詰めながら、一息に飛び込める距離までクロムに近づく。


「……なんだよ、知ってんのかよ……」

「あぁ。先ほどの戦闘は俺達も見ていたからな。驚いたぞ、まさか君がギアを纏えるとはな……」


 どうやら、切り札はバレているようだ。

 だが、それよりも気になる事がある。

 やはり、一騎がイクスギアを纏えたのはイレギュラーな事だったらしい。


「……イノリも言っていたな。そんなにおかしいか? 俺がギアを纏えるのが?」

「いや、その点は驚いてはいないさ。俺が驚いたのは君が《魔人》に立ち向かえた事だ。なぜ、《魔人》と戦えたんだ?」

「なぜ? そんなの決まってる。イノリを守る為だ」

「それは真実を知ったが故の責任感からか?」

「違う。俺の心がそう叫んだからだ」


 一騎は声を大にして胸を叩く。

 普段の一騎なら絶対に口にしないような台詞。だが、それが偽りのない一騎の本心だ。


「心が叫んだ……か」


 クロムは一騎の言葉を反芻しながら、困ったような表情を浮かべた。


「時に一騎君、君は今の自分に違和感は感じていないのか?」

「違和感?」


 突然の問いかけに一騎は首を傾げる。

 クロムは一人でうんうんと頷きながら続ける。


「なら、俺が教えよう。外見の特徴は言うまでもない。だから君の気付いていない変化を指摘してやる。まず一つ、初めて会った時の君は自分の事を『僕』と呼んでいた。そして、温和で優しい性格。誰かに拳を握る事も出来なさそうな少年だった」

「……それが?」


 そう。それが俺だ。一騎は内心で悪態をつく。


「だが、今の君は違う。好戦的で暴力的。『俺』とよび、拳を握る事を躊躇わない――」

「……」


 クロムの指摘に一騎は思わず押し黙る。

 反論する事が出来なかった。

 いや、言われて初めて気付いたのだ。体の違和感に。


 確かにそうだ。


 ギアを纏ってから――いや、イノリを守ると決めたその瞬間から、一騎は得体の知れない何かに突き動かされてきた。

 ギアを纏った時も。

 そして戦っている時も、今も。

 内側から溢れ出す激情に体も心も支配されているような感覚だ。


「気付いたか? 君は今、正常じゃない。だから俺がここに来た。君を止める為に」

「俺を……止める、だと……?」

「あぁ。力が暴走しているんだ。このまま放ってはおけないさ。落ち着いて話しをする為にもな」

「話……だと? 俺を騙しておいてよく言える」 

「騙していたつもりはないさ」


 あっけらかんと言い張るクロムに一騎の中でどす黒い感情が噴き出す。

 騙していない……だと? 俺に何も説明せず、真実を隠して?


「信じられるか……」


 一騎は拳を構える。

 これ以上の問答は無意味だ。余計に神経を逆撫でされるだけ。

 なら、ぶっ倒して、血反吐に塗れたその口から真実を聞き出せばいい。


 今の俺にはそれが出来る力が――ある。


「ご託はもう十分だ。聞きたい事は直接体に聞いてやるよ!」


 一騎は足元に力を込め、一息にクロムへと接近する。

 霞みのように体が揺らぎ、次の瞬間にはクロムの懐に飛び込んでいたのだ!


 拳を振りかぶり、クロムに狙いを定める。

 クロムはまだ反応しきれていない。

 辛うじて片腕で防御しようとしているが、それは無意味だ。

 

 一騎の切り札の威力は桁外れ。片腕一つで防げるような代物ではない。


 片腕ごと体の半分を消し飛ばす破壊力を秘めているのだ。



 一騎の拳がクロムの手に触れる。

 その瞬間――


 ガントレットから白銀の魔力が噴出。ガントレットが金属の唸り声を上げ、一騎の拳にさらなる加速と攻撃力を加算させる。


 ドカンッ――


 爆ぜる爆音。ガントレットの生みだした衝撃波が地面を陥没。さらには上空に漂う雲さえ吹き飛ばす。

 大地が震え、天候すら変えるほどの破壊力。


 それほどの衝撃を受けたにも関わらず、一騎の目の前には毅然たる態度で二本の脚を地面に根付かせ、クロムが立っていた。


「嘘……だろ?」


 二発目の切り札を放った影響か、一騎は全身の力が抜けるような虚脱感を感じながら、拳を受け止めるクロムを見上げていた。

 一騎の攻撃を受け止めた衝撃で、クロムのシャツは弾け飛び、ズボンもボロボロの状態だ。辛うじて服が体に引っかかっている状態でほぼ裸に近い。

 それでも威厳のある顔つきで、クロムはゆっくりと口を開く。

 

「――一つ君は勘違いをしている。俺が君に怒っているのは単純な話だ。

 君には戦闘経験がない。拳の握り方も戦い方も知らない素人だ。素人考えで安易に戦場に足を踏み入れた。その事に対して俺は怒っているんだ。

 誰かを助けたい――その志は立派だ。だが君は戦う力があってもそれを扱う術を、御する術を知らない。誤った力の使い方は君だけでない。君が守りたいと思った人すら傷つけることになるぞ」

「余計な……お世話だ」


 一騎は立っていられなくなり、ガクリと膝を折る。

 それが合図となったのか、淡い粒子がギアから溢れ出し、崩れるようにガントレットが―――体を覆うジャケットが崩壊していく。

 同時に意識が遠のく。

 一騎は揺らぐ視界で必死にクロムを見上げようとしたが、ギアの解除に伴い、全身の力が抜け、崩れ堕ちるように横たわった。


「だから、知るべきだ。君の力を。その使い方を。そうすれば今のように力に呑まれる事も暴走する事も無くなるだろう」


 意識を手放す直前、クロムの謝罪するような囁きが一騎の耳に届く。



「済まなかった。改めて話そう。俺たちが知る全てを――」



 ◆



 一騎が気を失った後、クロムは矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

 《魔人化》が解けたエルフの救助から始まり、気を失った一騎の搬送。

 今回の戦闘における隠蔽工作など様々な指示を各方面に出していた。

 全ての指示が終わり、撤収する頃、イノリに裸同然の恰好を指摘され、恥ずかしそうに頬を掻く姿は一騎との戦闘による疲労を一切感じさせなかった――



 今回の戦闘――イノリと《魔人》の戦闘から一騎が気を失うまでの全てを物陰に隠れて覗いていた紅い影がようやく姿を現した。


 周りの景色に同化するように揺らいでいた空間から一人の少女が現れる。


 一騎やイノリのようなギアを纏った少女だ。

 赤を基調としたアンダースーツの上にゴテゴテとした鎧のような装甲を身に纏った姿。

 整った顔立ちは苛立ったように歪み、戦闘の痕跡を鋭い視線で睨みつけていた。

 ポニーテールに結った髪が時折吹く風に揺れる中、彼女の耳に装着されたインカムに通信が入る。


『なぜ、イクシードを奪わなかった?』

「奪える状況じゃなかっただけだ。このステルスだって動けばバレるんだぞ? それに《雷神トール》は回収出来ただろ?」


 彼女はそう反論しながら、片手に握られた深紅の銃のカートリッジから一つの宝石を取り出す。

 青白い光を放つその宝石の正体はイクシード。


 その能力は《透過ステルス》――周囲の景色に馴染む能力だ。


 その力を使い、戦闘に紛れ込んだ彼女の目的は、イクシードの奪取。

 特別災害派遣部隊――通称『特派』が所持する全てのイクシードを回収する事だ。


 その為に彼女は虎視眈々とイノリの隙を狙っていた。


 だが、予想外の出来事が起こった。


「それにしても聞いてないぞ。もう一人適合者がいるなんて。あの女が最後の適合者だった筈だろ?」


 そう。この世界に存在しないはずのもう一人の適合者。

 一騎という一つのイレギュラーが彼女をその場に縫い付けたのだ。


 彼女の報告を受けた『日本政府』の重鎮達が一様に息を呑む。


『そ、そんな馬鹿なッ!? 彼らにもうギア適合者はいないはずだ! 何かの間違いではないか!?』

「見間違えじゃねぇ。イクスギアを使っているところも《魔人》を倒すところもバッチリ見たんだ」

『あ、ありえない……』

「当てが外れたな」


 彼女はフンと鼻で笑った。

 そして、指先を銃の形にすると、墜落したアステリアに向かってその指先を向ける。


「どちらにせよ、あたしのやる事は変らねぇ。《魔人》も特派もぶっ潰す。お父さんとお母さんを――私の居場所を粉々にしたアイツらをこの世界から弾き出してやる」


 バン――と少女は指で作った銃の引き金を躊躇いもなく引くのだった――

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