18 こだわりの話

 あなたは戸惑っていた。確かに、戸惑っていたのだ。


 こんなはずじゃなかった。どうして。なんで。何度も何度も己に問いかけた。無意味な問いだった。わからないのはあなた。聞いているのもあなた。そのあなた自身が、答えられるはずもなかった。


 否。解答は可能だったかもしれない。ただ、その解答に、あなたが納得するかはまた別の話だけれども。


 あなたには愛した人がいた。心から、愛していた。人生を、すべてを捧げてもいいとさえ思っていた。そのつもりだった。その愛のために、あなたは何だってした。何だって。


 何、とは具体的に何だろう? あなたはそこだけが思い出せなかった。いや、愛した人の姿も声も、いまやぼんやりとしか思い浮かべられない。思い出せない、という事実をあなたは思い出した。やっと。ようやく。それはとてももどかしくて、ひどくはがゆい状況だった。心のその場所に確かに置いていた大事な大事な宝物。宝物だということも覚えている。そこにしまっていたということも覚えている。だけどどんな宝物だったのか、どんなかたちをしていたのか、そんな肝心なことがわからない。ぽっかりと空白がある。それしかあなたは認識できない。

 ただ、こんなはずじゃなかった、そんな言葉だけが浮かぶ。


 こんなはずじゃなかった。じゃあどうなればよかったのか。何が、何を間違えたのか。考え続けるうちにあなたは眠りに落ちて、そしてまたあの夢を見る。夜道を死にものぐるいで駆け抜ける、あの夢を。「気持ち悪い」というあの言葉を。

 ひどい寝汗で目覚める、十八回めの朝だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る