夢見るアイツはVの者!?

無名

#01 RED ZONE

「リコ先輩、バーチャルYouTuberユーチューバーって知ってます?」

「ばーちゃるゆーちゅーばー?」

 寒暖の狭間で揺れる11月の昼下がり。大学時代の後輩である佐々木ささきと私は、たまにこうしてファミレスでお茶会を開いている。仕事の愚痴が主だが、お互いに作家志望であるためネタになるようなことがあればそれを提供し合うという慣例がある。

「知らねえ。流行ってんの?」

「私も最近知ったんですけど、流行ってるみたいです。とりあえず見てもらったほうが早いと思うので、これをどうぞ」

 佐々木がスマートフォンの画面をこちらに向け、動画を再生し始めた。

『はいどーもー! バーチャルのだロリ犬耳YouTuberおじさんのいぬますなのだー!』

 そこには3Dキャラクターが映し出されている。犬耳の生えたかわいらしい女の子の姿をしている。しかし、その見た目とは裏腹に声は明らかに男性のものである。

「……なんだこれ?」

 それ以外の感想を許さないほどの衝撃がそこにはあった。

 なぜこんなにかわいい造形なのに「おじさん」を自称しているのか。いや、というか容姿以外は完全に男性的要素しかない。このキャラクターが元々そういう設定なのだろうか。

「あ、これはこないだ買い替えたばっかの新型のやつで」

「スマホのことじゃねえよ。この動画の話に決まってんだろ」

「先輩、食いついてますね」

「説明してくれ」

「了解です」

 佐々木はコホンとわざとらしく咳払いをしてからこの不可解な動画について語り始めた。

「バーチャルYouTuberっていうのは、こうやって自分のアバターにキャラ設定を与え、その役を自分で演じる者を意味しているんですよ。個人でやってる人もいれば、企業が声優を雇って商用利用してるケースもあります。生放送で雑談やゲーム実況をするっていうのが最近の主流っぽいですね。そのほうが再生数を伸ばしやすいみたいです」

「いや、あたしが聞きたいのでそこじゃなくて」

「ええ、わかってます。このキャラクターの中身は男性です。このように男性でも美少女になりきって動画配信をできるというのが魅力のひとつとなっているようです」

「いや、なりきれてねーじゃん!」

 どう見ても男の要素が私を圧倒している。違和感がすごすぎる。これが魅力だというなら理解不能な領域だ。

「まあまあ。この『いぬます』というVtuberブイチューバーは先駆け的存在で人気が出た稀有な例なので。他の方はボイスチェンジャーを使ったりして女性的な演じ方をしてますよ。あっ、VtuberっていうのはバーチャルYouTuberの略語のことでして」

「ふーん」

 なぜ人気なのかはわからないが、好事家こうずかというのは意外と多く存在するものだ。


 年の瀬も見えてくるこの時期となると日の入りは早い。暗くなる前に、ということでお茶会は15時頃で終了した。

 佐々木とは駅前で別れ、私は押していた自転車に跨って帰路に就いた。

 自宅であるアパートのドアを開け、誰もいない部屋に「ただいま」と言い放つのが習慣化している。帰宅したという実感が欲しかっただけの行為に過ぎない。

 ごちゃごちゃした机に向かい、パソコンの電源を入れた。ブラウザを起動して検索エンジンに入力したのはもちろん「バーチャルYouTuber」である。

 どうやらこの界隈には四天王と呼ばれる人気なVtuberが存在しているらしい。その中の一人は佐々木が見せてくれたあのキャラクターだった。他のキャラクターはちゃんと見た目も中身も女性だった。わざわざ最初に色物を見せてくるあたり、佐々木は変わったやつなのだと再認識させられた。

 それから数日は小説のネタ探しということで、様々なVtuberの動画や配信を見た。

 有名な配信者はやはりそれを見に来る人も多い。そのため、視聴者のコメントすべてには対応しきれない。そこで、反応してほしい場合にはスーパーチャットという機能を使ってコメントするのが常識化している。要は、お金を払ってコメントする機能だ。金額の一部が配信者に支払われるため、配信者もそれを無視するわけにもいかないというわけだ。

「うまいことできてんな……」

 最初は自己顕示欲や承認欲求の強い人間がやっているだけだろうと思ったのだが、ビジネスという面も加味すればこの界隈に手を出す者が増えているのも納得である。

 だが、全員がそういった経済的プラスの効果を享受できるわけではない。人気者が居れば、必ず不人気者も同時に存在するのだ。

 私は有名どころのVtuberをある程度調べてからは、あまり人気の出ていない者の配信を視聴するようになった。

 正直なところエンタメ性に富んだ人気Vtuberの配信はすぐに飽きてしまったのだ。


――初見です。

『わー、リコさんいらっしゃい! 初見さん大歓迎ですよ~』


 そもそも視聴者数の少ない配信では自分のコメントに反応してくれる可能性が高い。それがなんだか嬉しかった。


 小説家を夢見て、仕事中もそのことで頭がいっぱいで、でも将来に対する不安が常につきまとう毎日。私はとても疲れている。

 画面の向こうで雑談配信をしている3Dキャラクターの中身は、私と同じく必ずこの世界に存在しているわけで。人それぞれに多様なバックグラウンドがあるわけで。だが、この配信中はお互いにそんなことは知らないし、知る必要もない。

 私はいつの間にかこの間接的に干渉するだけの時間に居心地の良さを感じていたのだった。

 こんな私のエゴさえ、誰も知らないし、知る必要もないまま時間が過ぎていくのだ。


『今日はこれでおしまいです! Twitterもやってるので、気軽にDM送ってくださいね!』

――おつかれ~


 配信が終わり、とりあえずTwitterで彼女をフォローした。彼女とは、「白黒しろくろハイロ」というVtuberである。その日から私はハイロの配信を積極的に視聴するようになった。


『リコさん今日も来てくれてありがとう!』


 もはや常連と化していた私をハイロは認知しているようで、コメントすると快く反応してくれるようになっていた。

 そしてついに、私はある行動に出た。

 ハイロにDMを送ったのだ。


あ な  た:取材させていただけませんか?

白黒 ハイロ:リコさんって小説家を目指してるんですよね?それの取材ってことですか?

あ な た:はい。あなた自身についてのお話を聞かせていただきたいです。

白黒 ハイロ:もしかして、ハイロの魂のことについてですか?

あ な た:……はい。ごめんなさい、迷惑ですよね。忘れてください。

白黒 ハイロ:いいですよ。

あ な た:よろしいんですか?

白黒 ハイロ:はい。たしかリコさんも関東在住でしたよね?

あ な た:ありがとうございます。はい、住んでいますが、なぜでしょう?

白黒 ハイロ:直接お会いしたほうがよいかと思いまして。


「おいマジかっ!?」

 職場の昼休み中であったが、思わず声が出た。オフィス中の人間が私を見ている。

「リコちゃん、どうかしたの?」

「い、いや、ちょっとホラー系の動画見てて驚いただけで……ははは」

 隣の席の同僚は未だに不思議そうにこちらを見ていたが、落ち着きを取り戻そうとお茶をがぶ飲みした。

 まさかVtuberの魂、つまりは中身ご本人と直接会うことになるとは夢にも思わなかった。

 いちおう私自身が女であるということはツイートの内容などで察しているのだろうが、警戒心が浅い気がする。もし私が女と偽った悪い男だったらどうするのだ。何かと物騒な世の中だというのに。


 とある日曜日。いよいよ今年の終わりを実感し始める12月。

 私はハイロとの待ち合わせ場所である駅前に来ていた。

「おかしくねえよな……?」

 ショウウィンドウに映る自分の姿を確認してつぶやく。なにせあんなにかわいい子と会うのだ。緊張しないはずがない。

 ……いや、かわいいのはアバターであって中身もそうなのかは不明だ。だが、とにかく画面の向こうだった存在と対面するのだ。しかも、こちらは「取材させていただく」立場なのだから、失礼があってはならない。身だしなみの最終チェックも念入りに行わなくてはならない。

「ああ、香水つけるの忘れちまった……。念の為シャワー浴びたし大丈夫か……」

「あの、すいません」

 自分のことに夢中で近づいてくる気配に気づかなかった。声のほうを振り向くと大学生くらいの若い男性が立っていた。

「な、何か?」

 まさかナンパなのか? 面倒なタイミングで来たものだ。

「あの、人違いでしたらごめんなさい。リコさんでよろしいですか?」

「いえ、よく読み間違えられますが、私の名前は『宝江たからえ理子ことこ』です」

「あ、そうでしたか、ごめんなさい……」

「いえいえ、お気になさらず」

 ……おかしい。なぜ私のあだ名を知っているのだろうか。もしかして知り合いだったのかも知れない。全くもって面識はないように思えるが、いちおう探りを入れてみることにした。 

「あの、ちなみにリコさんとは、どういったご関係で?」

「えっと、ネットを通じた知り合いと言いますか」

「…………」

「あの、どうかされましたか……?」

「…………ろ?」

「はい?」

「白黒ハイロ……?」

 そんなわけないだろうと思いつつ、今日会う予定だったVtuberの名前を呼んだ。

「ここから先はグレーゾーン! バーチャルアイドル、白黒ハイロだよ☆」


 私の思考の回転数がレッドゾーンへ踏み込む音がした。

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