競プロって何ですか?

黒てんこ

競プロ部導入編

1. 競プロ部って何ですか?

 現在の時刻は一時二十分。二分丹にぶたん女子高等学校は昼休みまっただ中である。私がいる一年一組の教室では、すでにご飯を食べ終わったクラスメイトたちが、ちらほら集まって談笑を始めていた。


 そんな教室で、私は特にやることもないため、何となく窓の外を眺めている。空は気持ちよく晴れており雲一つ見当たらない。綺麗な青空が永遠と果てまで続いている。そう言えば、昔見たテレビ番組で空が青い理由を話していた気がするのだが、すっかり忘れてしまった。どんな理由だっただろうか。


「詩織は何部に入るか決めた?」


 いつの間にか私の机の前には裕子が立っていた。裕子は小学生の頃からの親友であり、何かと私を気にかけてくれる優しい女の子だ。私が昼休みに暇そうにしていると、いつもこんなふうに話しかけてくれる。


「部活? 何も決めてないよ」


 私がそう答えると、「あれそうなの?」と裕子は首をかしげた。裕子はよくこの首を傾げるポーズをとる。雑誌モデルのような見た目をしている裕子がそんなポーズをとると、より一層モデルのように見えた。


「まだ迷ってるの?」


「うーん、まあそんなところ」


 私は曖昧な返答をする。本当は迷ってなどいなかったが会話を円滑に進めるためにあえてそう答えた。会話を円滑に進めるためには、言葉を濁すことも大切だと私は考えていた。


「裕子は文芸部だっけ?」


「うん、私は趣味で小説書いてたりしたから文芸部が合ってそうだなと思って。詩織も一緒にどう?」


 裕子からそう言われて私は少し考える。


 私も文芸部に興味がないわけではない。小学生の頃はクリスマスプレゼントに図書カードを頼むくらいに本が好きであった。一日中小説を読み続けた日だってある。しかし、最近は映画やアニメを見るばかりで、本を読む機会も減ってしまっていた。


「本読むのは好きだったけど書きたいとはあんまり思ったことないしなー」


「書かなくても大丈夫だよ、今度一緒に部活見学しよう。私がいろいろ教えてあげるから」


 思った以上に裕子がノリノリだ。


 「どう?」と微笑む裕子の顔をじっくり見る。美人の顔というものはどうしてこうも眼福ものなのか。いつまでも裕子の顔を眺めていたい。


「気が向いたらね」


 私は一言そう答えた。


 この時の私は部活について真面目に考えていなかった。


 そもそも部活に入るつもりがなかったからだ。


 たしかに部活は面白いかもしれない。しかし、家に帰った後でも面白いことはたくさんある。映画やアニメを見たり、好きなアーティストの曲を聴いたり、漫画を読んだりするだけでも一日は終わってしまう。部活に割く時間がどこにあるのか。


 無難ぶなんな高校生活を送れたらそれで十分だなと浅はかな考えをいだきながら、私はのほほんとした高校生活を送るつもりでいた。しかし突如として、私の平凡な日常は少し変わった非日常へと変化してしまう。




 ■■■■■■




小流こながれ、入部届出してないのはお前だけだぞ。大丈夫か」


 四月も中盤に差し掛かったある日の放課後、私は担任の山口先生に呼ばれて職員室まで来ていた。


 山口先生は大型のゴリラのような見た目をした人間であり、多くの女子生徒から畏怖いふされる存在であった。しかし、その面倒見の良さから最近は好感度が若干右肩上がりになっているらしい。


「入部届?」


「そう入部届、お前まだ出してないだろ。そろそろ締め切りだから早めに出してほしいんだが、まだ迷ってるのか」


 山口先生の低い声には迫力がある。私はこれしきのことでは微塵みじんも恐れを抱かないが、たしかに恐いと思う人もいるだろう。第一印象がマイナスから始まる山口先生も大変だろうなと、どうでもいいことを考えた。


「あの、部活には入らないつもりでいるんですけど」


 山口先生の質問に対して、私は正直に答えた。繰り返しになるが、私は部活に入らないつもりでいた。そもそもなぜ私が入部届を催促されなければならないのか。


「部活に入らない? ……ああ、そうか」


 私の返答に対して山口先生は最初怪訝な顔をした。しかし、少し考えた後に何かピンと来たらしく、合点がってんがいったと手を打った。


「小流はインフルエンザで入学初日休んでたんだったな。すまんすまん、忘れてた」


 そう言って山口先生は自分の席の引き出しから二枚の紙を取り出し、私に渡してきた。


「何ですか、これ」


「これは入部届と部活動の一覧表だな。うちの高校は生徒全員が部活に入るって校則があってな。申し訳ないんだが小流にも部活に入ってもらわなきゃならん」


「マジですか」


「マジだ」


 衝撃の展開であった。


 やけにクラスメイトたちがみんな部活で忙しそうだなと思っていたのだが、これで謎が解けた。そういった校則があるために、みんな何かしらの部活に入って、そして熱心に部活動に打ち込んでいたわけか。


 なるほど。なるほど。納得した。


「校則は絶対ですか」


「絶対だな」


「先生の力で何とかならないですか」


「ならないな」


 無念である。 山口先生に校長先生くらいの権力があればなんとかなるんじゃないかと勝手に期待していたが、やはり先生はまだまだ一介の平教師らしい。しかし、今さら部活を選ぶというのも大変だ。どうしたものか。


「急に言われても難しいだろうが、興味がある部活とかないのか? まだ部活動見学の期間中だから、もしなんだったら俺が話をつけて連れて行ってやるぞ」


 そう言われて少し考えてみる。やはり裕子から誘われた文芸部か。しかし、小説を書きたいとも今のところ思ってはいないし、部活で何かやりたいと思えるほどに本が好きでもない。また、運動も苦手だし、楽器も弾けない。そもそも部活に入るつもりがなかったので、この高校にどんな部活があるのかも把握していなかった。


 とりあえず、さっき山口先生からもらった部活の一覧表をザッと眺めてみる。そこには演劇部やテニス部などのよくある部活の他に、世界終末予想部や鋸山のこぎりやま登山部など聞いたこともない部活も並んでいた。しかし、やはりこれといって心惹かれるものは見つからなかった。


「何かおすすめの部活ありますか。できれば楽なやつがいいんですけど」


 私は諦めて先生に聞くことにした。こればっかりは仕方がない。


「……俺が言うのもなんだけど部活選びは大事だぞ。もし時間がほしいなら一週間くらい期限を伸ばせるように掛け合ってみるがどうする?」


 山口先生のような平教師でも、入部届の提出期限を一週間くらいならば伸ばせるらしい。それはありがたい提案だ。しかし、いくら考えたところで入りたい部活が見つかるとは思えなかった。


「大丈夫です。とりあえず一度顔を出してみて、楽しそうならそれなりに活動して、もし自分に合わなそうだったら、いつの間にか姿を消して幽霊部員になります」


 私は正直に答えた。嘘をついてもいつかばれてしまうなら今のうちに言っておいた方がいい。


「お前なぁ……。まあ、小流がいいならそれでもいいんだけどな」


 山口先生は少し呆れた表情をしながらも私の考えを否定することはなかった。


「だけどな。部活は意外と面白いこともあるからな、参加してみるのもいいと思うぜ」


 山口先生が歯を見せてにっこり笑う。その顔はさすがに怖い。


「私、好きなことと言っても家でアニメ見たりゲームしたりするくらいだから、あんまり部活やりたいって思えないんですよね」


「……そうなのか、ふむ」


 山口先生は顎に手を当てて考え込む。


 このしぐさは山口先生の癖であり、何か長考するときには必ず顎に手を当てる。山口先生は顎に立派な髭を蓄えており、その考え込む姿はかなり絵になると思った。私が美術部だったならば絵のモデルを頼むかもしれない。


「小流は自分のパソコンは持っているか?」


 唐突に山口先生がそんな質問をしてきた。


「ゲームするために買ってもらったノートパソコンなら持ってます。安いやつですけど」


 数年前に買ったノートパソコンが部屋の隅に置いてあったはずだ。全体が黒いデザインで、キーボードの中心に赤いポッチが付いているパソコンである。何度か赤いポッチを失くしては、また購入することを繰り返した悲しい思い出。そんなことも今となっては良い思い出だ。


 しかし、現在ではそのパソコンの型は古く、ブラウザソフトを開くぐらいなら問題はないのだが、今流行りのオンラインゲームなどを遊ぼうとすると動作がカクカクしてしまうほどのスペックである。そのため、ネットサーフィン専用パソコンになっていたが、最近はタブレット端末にその役割も取られてしまった。


「いや、それで十分だ。よかったよかった」


 そう言って山口先生はさっき出した部活の一覧表を手に取った。


「小流におすすめの部活はこれだな」


 山口先生は一覧表の一番下を指した。


 そこには『競技プログラミング部』と書かれており、さらにその横には「活動休止中」という一文も見える。


「競技プログラミング部? 何ですか、それ」


 私の質問に対して、よくぞ聞いてくれた、と嬉しそうな顔をする山口先生。


「この部は数年前に廃部になっていたんだが、今年は一年生が二人も入部届出しててな。小流が入ってくれれば正式な部活として認められるんだがどうだ」


 面白そうだろ、と言って山口先生は笑うが、私はそんなことは聞いていない。


 アニメなどでは廃部状態の部活から物語が始まったりすることもあるが、私が求めているのは無難で平凡な日常だ。


「嫌な予感がします」


「まあまあ、他に行きたい部活がないなら行ってみてもいいと思うぞ。俺のおすすめだ」


 きっと面白いから安心しろよ、山口先生は最後にそう言った。そして、「あっ、俺この後授業あるから」とすぐに荷物をまとめて職員室から出ていった。私は静かにその先生の背中を見送った。


 競技プログラミング部、名前からだけでは何をする部活なのか見当もつかない。まあ、山口先生に言われたとおり、他に行くあてもないので競技プログラミング部とやらに行ってみてもいいかもしれない。


 しかし、それにしても。


「私も授業あるんだけどな」


 なぜかとり残された私は一人静かに職員室を後にした。




 ■■■ つづく ■■■

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