わたくし本気を出してみました Byディーテフローネ

「それで、その屋敷に黄金族はいたのか?」


 ハディルが問うと、レイは首を横に振った。

 ハディルはやっぱり出歩かせるのではなかったと長い息を吐いた。光の神の民がアギレーシュの街をうろついている。それはまあそういうこともあるだろう。現在光の属性の者たちと魔族とは戦状態ではないのだから。


「今の状態で青空に接触をしてくる黄金族か……」

「我が一族の者がついていながら申し訳ございません」

「おまえが謝ることではない。青空の外出を許したのは俺だ」


 慇懃な態度を崩さないレイにハディルは淡々と言った。この件ではどちらかというとヒルデガルトのほうに文句を言いたい。何のために青空に同行させたというのか。やはりクヴァント族は研究馬鹿な一族だとハディルは心底あの一族の特性を呪った。


 青空が昼間に黄金族の男女に屋敷に招かれた、と報告を受けたハディルはレイに命令をして城下を調べさせた。ヒーラーの報告を頼りに向かった屋敷はもぬけの殻。

 ため息の一つも付きたくなる。


「もういい。さがれ」

「御意」


 ハディルは青空の眠る自室へと戻った。

 大きな寝台の端っこで眠る青空。寝台の真ん中には大きな枕が鎮座している。枕のほうが主人みたいではないか、と思うのだが青空はこの枕の置き場所を変えてはくれない。


 この世界に慣れてきたのか、最近の青空は以前にも増して活動的だ。

 レギン城から出したくないのなら、足に鎖でもつけてこの部屋から出られないようにしてしまえばいいのに、それをしたら駄目だということはなんとなく察している。それをすれば青空はきっとハディルから離れていってしまう。物理的というのではなく彼女の心がハディルから去ってしまうと分かるから彼は仕方なく青空を自由にさせている。

 恐怖では人の心をとどめてはおけない。それを十分に理解しているのはハディル自身が先代魔王から逃げる生活を送っていたからだろう。


青空そら……」


 寝ているときに触れては駄目だときつく言われているのに、ハディルはどこまでなら許されるのか試すように青空に触れてしまう。滑らかな頬を撫でていると彼女が「ふふっ」と笑った。何かいい夢でも見ているのかもしれない。


 己の中に育つ、言葉に表せない感情。

 それを知りたくもあり、けれど知らない方がいいような気もする。

 ハディルはまだ青空に言っていないことがあるからだ。


「ん……ハディル……さま……」


 ハディルは目を見開いた。

 ぱっと彼女から手を離す。青空は寝返りをうつ。まだ夢の中のようだ。しかしそれはそれで面白くない。青空の夢には己が登場しているのか。目の前に本物がいるというのに。夢の中の己ではなく、今ここにいる自分を見てほしいなどとよくわからないことを考えてハディルは眉根を寄せた。日に日に己の考えることが意味不明になっていく気がしている。自覚はしているが止められない。


 青空は静かに眠っている。

 何も起こらないというのならハディルの取り越し苦労なのだろう。

 ハディルはもう一度青空の頭を撫でた。花を愛でる趣味は無いが、青空ならばいつまででも眺めていられる。


 ハディルは口元を緩めた。彼女がずっと自分の側にいてくれれば。それだけで世界はハディルに優しくなる。

 ハディルが青空の髪の毛を梳いていると、彼女の周りにきらきらと金色の粒子が生まれ始める。


 ハディルは立ち上がった。急いで当たりの気配を探る。

 しかし。


(だめだ。探れない)


 目の前では青空の体がゆっくりと持ち上がる。眠ったままの青空の意識に反して、彼女の体は起き上がり、それから宙に浮く。その周りを金色の光が取り囲む。

 いつの間にか現れた蝶々が青空を囲むように飛びはじめ、あっという間に青空を覆い隠すほどの蝶々の群れが出現する。


 光の神の民の一部の者のみが使う光の力を使った幻術。


「やめろ!」


 ハディルは力を解放した。混沌の力だ。

 黒い闇の力は金色の蝶々によって阻まれる。


―さあ、青空。わたくしたちの元へいらっしゃいな―


 女の声が聞こえた。

「青空に触れるな!」

 ハディルはもう一度力を解放する。


 その力は結局なにも掴むことはできなかった。青空はハディルの手をすり抜けていってしまった。光の者たちが使う力によって。よりにもよって魔王の手の内から、青空はあっけなく攫われてしまった

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