突然異世界に召喚されました2

 丁重に、という言葉のお陰か青空そらは大きな客間へと連れていかれた。先導を切って案内したのはディーターで、彼の隣には白い髪の少年もいる。


 青空を案内しがてらルシンと名乗った少年は、珍しそうに青空にあれこれと質問をした。質問と一緒に名前を聞かれたので菜花青空と名乗ったら、どちらが家の名前でどちらが己自身を指すのかを問われた。青空、と教えると不思議な響きだと言われた。


 日本語、自分の元いた世界で天空とか雲が出る大きな空間を指す意味の言葉だと教えると、こちらの言葉でティエルカということを教えてもらった。こういう微妙な言葉のニュアンスまでは翻訳指輪では訳せないらしい。

 柔和なディーターと、ちょっと淡々とした物言いをするがこちらに好奇心を見せるルシンのおかげで青空はなんとか笑顔を見せることができた。


 案内された部屋は庭園に面していてテレビで見た中世のお城を改造したホテルの一室のようでもある。大きな寝台に木製のクロゼット、暖炉に燭台のある部屋は女性好みの色彩で整えられている。


「まだ、明るいんですね」

 青空は案内された部屋に入るなり、青空は窓辺に駆け寄る。時間感覚などすっかり忘れていた。今は何時ごろだろう。


「ええ、夕暮れまでにはまだ二、三時間ほどありますよ。夕飯はこちらの隣に運ばせましょう。お口に合うとよろしいのですか」

「ディーターさん、わたしに敬語は不要です」

「これはもう癖でして。今更なんですよ」

 ディーターは微笑む。


「あ、そうそう。のちほど青空様の持っていた荷物を運ばせますよ。一応、念のためこちらで検査させていただきますが」

「は、はい……。ありがとうございます」


 そういえば手に持っていた重たいビニール袋がいつの間にか無くなっていた。肩にかけていたカバンも無い。

 ディーターはそう言って扉を閉め、入れ違いに今度は女性が入ってきた。

 銀色の髪に額に角の生えた女で、見た目の年頃は青空と大して変わらない。不思議な銀紫色の瞳をしている。


「初めまして。異世界からのお客様。わたしはヒーラーと申します。たった今からあなた様のお世話を担当させていただきます」

 にこりと微笑まれて青空も反射的ににへらと笑った。


青空そらと言います。よろしくお願いします」


 青空は慌てて頭をぺこりと下げた。ヒーラーはそんな青空の挙動に首を小さく傾げた。

 こちらの世界ではお辞儀という文化は無いのかな、と青空は思った。


「まずは旅の疲れを落としましょう。着替えも用意しますわね」


 ヒーラーはてきぱきと仕切り始める。青空はヒーラーのペースに飲まれて浴室へ向かう羽目になり、服を剥かれてしっかりと入浴をお世話されてしまった。

 異世界とはいえ文化は地球のそれとあまり変わらないのか青空の感覚的には海外に旅行に来たようなもの。湯上りに別の女性から冷たいジュースのようなものを貰い喉を潤す。


(あ。甘酸っぱくて美味しい)


 こくこくと飲み干すとお代わりをくれた。


「それにしても魔法が馴染みまくっているというか……。みなさん魔法が使えるんですね」


 こちらの世界(オランシュ=ティーエが今いる国の名前だと先ほど教えてもらった)の人間はみんな魔法を使う。ヒーラーも青空の入浴中シャワーのようなものから魔法でお湯を出してくれた。


「そうですね。わたしども魔族は生まれながらに魔法を操る力を有しておりますわ。青空様のいらした世界では魔法は無かったのですか?」

「はい。魔法という存在は、漫画……ええと、物語の中だけのファンタジーというか。わたしは使えません」


 ヒーラーは青空にオランシュ=ティーエ風の衣装を着せながら説明をしてくれた。

 ディーターとヒーラーの話を総合すると、青空が今いるオランシュ=ティーエという国は魔族の暮らす国で、魔族といってもいろんな種族がいるらしい。ヒーラーは一角族の出身で、額につのを有しているのが特徴だと教えてくれた。一角族は銀髪につのを生やしており魔法の力は強くはないがその分力持ち。ヒーラーはふふふと肩を揺らしながら、こう見えても力仕事には自信がありますのよ、と笑った。


 魔族は人型やら獣型やら様々で、この世界で一番大きな大陸であるリヴィースノピ大陸の半分ほどに分布をしている。もう半分の地域には人間たちの住まう国がある。

 てっきり魔界にでも召喚されたと思っていた青空はこの説明にはびっくりした。


「この世界にも人間がいるんですね」

「ええ。人型の魔族も人間と同じ見た目をしていますが、我ら魔族は混沌由来の魔法を使いますわ。人間は光の神に由来をした力である聖術せいじゅつを使いますわ」


 すっかりオランシュ=ティーエの娘装束へと着替え終わった青空は、年頃の娘の性として自分の姿を備え付けの鏡の前で確認する。

 ブラウスにミモレ丈のスカート。その上から半袖の丈の長いガウンのようなものを羽織り、その上からウエスト部分にベルトを巻いている。


(うわわ。ファンタジーアニメの登場人物になったみたい。ていうか、コスプレ?)


 体を斜めにひねって左右と後ろを確認。

 日本人仕様の服装から一転。この部屋の雰囲気には今着ている服の方が合っている。


「よくお似合いですわ」

「ありがとうございます」


 ヒーラーは褒めてくれたけれどお世辞も何割か入っているに違いない。なにしろ青空は自分が平凡顔だということをちゃんと自覚している。身長だってもうあと少しの差で百六十に届かなかった。胸だって平均値。日本人顔にこの衣装は、完璧に衣装負けだわ、という感想は胸の中にしまっておくことにする。


「あら、本当ですわよ」

「……」


 ヒーラーが念押ししてきた。どうやらお世辞だと思っていたことが顔に出ていたらしい。青空は再び曖昧に口角を持ち上げた。褒められ慣れていないときどう対処していいものか分からない。


 髪の毛を風の魔法で乾かしてくれたヒーラーは青空の髪の毛をいじることに決めた。今度は鏡台のまえに連れていかれて、椅子へ座らされる。ここまでくると完全に彼女の趣味の時間と化した。青空のセミロングの髪の毛をヒーラーが梳かしていく。ゆっくり丁寧に。次第に気持ちよく鳴ってきて眠たくなってしまう。

 丁寧に櫛を入れられた後、両脇の髪の毛を編み込まれ、ヒーラーによって器用に青空の髪は形を変えていく。


「青空様の髪、さらさらで黒くて美しいですわ」

 ヒーラーの声が幾分うっとりしている。

「でもヒーラーさんの銀髪の方がきれいだと思います」

「ヒーラーでよろしいですわ。青空様は陛下が招かれた大切なお客人なのですから。わたくしどもの陛下があのような黒髪でしょう。青空様も同じようにつやつやの黒髪ですもの。羨ましいですわ」

「あ、はあ……」


 褒める基準は魔法陛下、ハディルらしい。

 青空はハディルの顔を思い浮かべて微妙な気持ちになる。


 結局は、彼のおかげで今青空はここにいる。召喚して気が済んだなら青空を元の世界、地球へ帰してくれないだろうか。気を沈ませていると外から扉を叩く音が聞こえた。


 二人してそちらに顔を向ける。

 ヒーラーが素早く扉の用へ行き、かちゃりと開けてなにやら話し込む。


 戻ってくると彼女はにっこり、「食事の用意が整ったそうですわ」と言った。

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