第14話 呪い

 俺達の周りを屈強な大人たちが取り囲んでいた。

 そこは宮殿の中庭。


「ルカ、行くよ」


「うん!」


 俺はボールをラケットで打つ。

 弓の弦で作ったガットがボールを弾き、球が飛んでいく。

 ちょっとボールが重いけど概ね良好。


「うりゃ!」


 ルカも打ち返す。

 ひょろひょろと迫力のないボールが返ってくる。

 うん、子どもサイズに小さなボールでやってるけどゲームは成立する。

 いい感じだ。

 でもギャラリーは一言も声を発しない。

 だって彼らは護衛だから。

 フェイのおっちゃんが遺体で見つかったのは三日前。

 剣で後ろから突き刺されたらしい。

 犯人は今もわからない。

 ジェイソン所長は心労で倒れ自宅療養中。

 俺とルカは護衛大増量で過ごしている。

 本当だったら部屋にほぼ軟禁されるところだが、気晴らしに中庭に来ている。

 ルカが落ち込んで寝られなくなったからだ。

 これだけの人数がいれば安心……と思いたい。

 俺達はしばらく打ち合うと休憩する。


「やる?」


 とラケットとボールを護衛に渡すが、反応は拒絶。


「我々は任務中ですので」


 つまらん。

 ジェイソン所長とフェイのおっちゃんの素晴らしさが身にしみる。

 ……犯人は絶対に許さねえ。

 必ず始末してやる。


【冷静になってください! 雪山で生き残れたのは冷静だったからです!】


 おう、悪かった。

 俺はまず端末を増やした。

 真面目に考慮した結果、デバイスを毒ネズミ型にして宮殿中に放つ。

 マウス・オブ・マッドネスの世界。

 完全に神話生物の所業である。


【ど、どんまい!】


 いいもん、悪行に手を染めるのなれたもん。

 俺の人生こうだもん!

 俺は数百匹のネズミの視覚と本体の視覚を同時に見ている。

 日に数度、頭が痛くなるがそれでもやめない。


【すでに脳の限界近くまで酷使してます。少し休むべきです】


 あははははは!

 向こうは俺以上の外道だぜ!

 多少のリスクは覚悟の上よ!

 ネズミたちは宮殿内の蜘蛛や蝿、蚊をたべる。……あとG。

 俺はそのまま昆虫型の端末を作って放つ。というのがここ数日の話だ。

 二時間ほどテニスを楽しむと俺達はまた会議室に行く。

 そこにはジェイソン所長が待っていた。


「ラルフくん……、それにルカ様。お願いがあります……。

どうか友の敵討ちに力をお貸しください……」


 ジェイソン所長はそう言うとルカにひざまずいた。

 俺はルカの顔を見る。

 肯定を表す強い目つきだった。


「俺達も……フェイの件では怒ってます。

一緒に犯人を捕まえましょう……ですが条件があります」


 俺は条件をつける。


「ルカが狙われる理由……隠してますね?

その情報の開示を要求します」


【どうして理由を知ってると思うんですか?】


 わからないわけがない。

 そもそも俺が冬山で死にかけたのだって、内戦の敗戦処理なわけだ。

 勝利側を本気で殺そうと思ってる勢力だって一つや二つじゃない。

 つまりジェイソン所長ならいくつも思い当たりはあるはずだ。


【……ご、ご主人様が脳筋プレーを封印してる!】


 うるしゃーい!

 人は進化するものなの!

 俺はジェイソン所長を見つめる。

 すると観念したのかジェイソン所長の重い口が開いた。


「知ってる限りの話ですが……我が国は内戦で身内どうし傷つけあいました。

そのしこりがいまだにあるのは事実です」


 だろうね。

 それしかないだろうね。


「私がわかるのはそこまでです。

それとルカ様ですが、おそらく呪われてます」


 俺とルカは目を見合わせた。

 意味がわからん。

 呪われてるっていうのなら俺の人生のほうがよほど呪われてる。


「呪いは……ルカ様のことを徐々に忘れる呪いです」


「……待って。それって」


 思いあたりがある。

 実の親である王様がおもちゃも友達も与えなかった。

 親父だってマメな性格じゃないが、子どもに冷たい人間じゃない。

 王様も俺に会いに来たのであってルカを忘れていた……と。


「呪いの発動により、ルカ様の優先度が徐々に下がっていく……。

記憶が薄れ、なぜ守っているかを忘れるからではないかと思ってます。

いや、なにかしらの認識阻害がついているようです。

おかしいと思いませんでしたか?

宮殿の人々のルカくんへの態度に」


 そうか、近衛騎士団がやけに事務的で冷たかったのも……呪いのせいか。


「じゃあ、俺をルカの小姓にしたのって……」


「ラルフくんには神の加護がある……それに賭けたのです。

実際、ラルフくんには呪いは毛ほども効いていない。

この宮殿で呪いに抵抗力があるのは、風神の眷属である私と地母神の眷属であるラルフくんだけです。

もっとも私はただの人間で、呪いへの抵抗力は微々たるものですが」


 俺はルカを見た。

 ルカはまた下を向いていた。

 まで出会ったばかりの頃のように。

 俺はその姿を見て……ドタマの血管がブチ切れそうになった。


「なぜもっと早く言わない!」


「地母神様の使徒の記録がなかったんです!

あるのは邪神の記録ばかり! それもほとんどが破滅する!

あなたに本心を打ち明けるのはリスクが高かったんです!」


「邪神と地母神は同一の存在だ!

力が強すぎる神だから、ほとんどの人間は力に溺れて勝手に破滅するんだよ!

それを周りの連中が話を盛ったんだよ! わかれよ!」


 あんなにまともな神様いねえぞ。

 ただちょっと介入すると数百の命が飛ぶだけで。山の生き物皆殺しとか。


「ラルフくん……やはり君は……いや、あなたが希望だ」


「それで具体的にどうやって暗殺を止める?」


「そうですね……ルカ様の呪いを解除できれば早いのですが……」


「なるほど……ジェイソン先生。ルカを鑑定します。契約の神メルギドよ。この者の情報を我に」



 名前:ルカ・エルフェンディウス

 種族:人間

 LV:5

 HP:10/10 MP:5/5

 力:5 体力:5 知力:20 魔力:10 器用さ:2 素早さ:3 EXP 12/30


 スキル


 魔法 LV:1 軍略 LV:5


 スキルポイント:3


 称号:なし

 バッドステータス:呪い



 呪い……んん?

 普通にバッドステータスだ。

 内臓破裂が魔法で治せるのに呪いが解けない道理はなかろうよ……。

 いや……待てよ。古代魔法じゃないとできないのかも!

 賢者ちゃん。呪いってどうすれば解けるの?


【ご主人様は亜神なので神の威光を用いれば解除されますよ】


 神の威光ってなによ。


【とりあえず今、一番なにがしたいですか?】


 ルカを呪ったやつぶちのめしたい。


【その思いを強く念じてください! 呪いを吹き飛ばします。あとは術者との力比べです】


 要するに気合か。ヤンキー方式で気合が強いほうが勝つわけね。

 了解。『ルカを呪ったやつ。一発殴らせろや!』

 俺は無意識に自分の前で柏手を打った。

 その瞬間、俺の魂は俺の体から離れ、術者のもとへ飛んだ。

 城のどこかだろう。

 術者は痩せた男だった。

 血の涙を流しながら怨嗟の言葉を吐いている。

 よく見ると全身に魔法陣が描かれている。

 それは全身をナイフで傷つけたものだった。


【正義の神との契約紋ですね。

使徒ではありませんが、命を代償にして復讐を果たすつもりのようです】


 くっそ、やっぱり内戦の生き残りか!

 それに正義の神?


【正確には復讐の神です。地母神様より人気者です】

 

「エルフェンディウスに死を!

呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ!

孤独に! たった一人で! 誰にも愛されずに! ただ人生を無駄にして! 死ね!」


 下を見ると自分の拳が光っていた。

 なるほど、神の威光ね。

 ぶん殴れと。


「ガキ狙ってんじゃねえ! このクソ野郎が!」


 俺の拳が術士の胸を突き破る。

 バリンっと何かが壊れる音がし、俺を中心にまばゆい光が発せられた。


「ぎゃああああああああああ! ぎゃばああああああッ!」


 術士が悲鳴を上げた。

 ゴバッっと噴水のように血を噴き出しながら、それでも悲鳴を上げ続ける。


【呪いの反動です! 爆発します!】


 え? 爆発!?

 バンッ!

 その音は軽く。

 閃光は眩しかった。

 戻される前、俺の目に映ったのは爆発により崩れる天井と壁だった。


【解呪成功】


「い、今の光は……」


 ジェイソン所長は腰を抜かしてた。


「解呪したみたいです。部屋一つ潰しましたけどね」


 俺がそう言うとジェイソン所長は青白かった顔に赤みが戻った。

 その赤みは血管が浮き出るほど真っ赤だった。


「今ので術者は死んだはず!」


 ジェイソン所長が立ち上がると同時に、廊下からドドドドドと音がしてドアが開く。


「ラルフ! 今なにをした!」


 父ちゃんである。

 俺はルカを見てジェイソン所長を見る。

 そして一人だけ冷静に父ちゃんの前に膝を突いた。


「殿下の呪いを解きました。

これで王国は安泰です」


 だが俺の期待した反応は返ってこなかった。

 なにせ父ちゃんはそこで我に返ったのだ。

 だって今までだったらルカのいるところで光が漏れたくらいで慌てて吹っ飛んでくるなんてありえない。

 ルカを無視していた。いや、ルカを認識できなくなってからだ。

 王子なのはわかっていたが、すべての事柄の最下層にルカがいたのだ。

 それがルカを思い出した。

 王子の存在を思い出したのだ。

 父ちゃんはその場で膝をついた。


「で、殿下……申し訳ありません!

わ、私はなんということを!」


 ルカも呆然としていた。

 優先度低くなるというなんとも地味な効果の呪い。

 だけど例えばルカが病気になったら?

 この宮殿で一人で死んでいた可能性だってある。

 高確率で死に至らしめる呪いなのだ。

 そういう意味じゃ、この国を滅ぼすことだって可能な呪いだ。

 小さく、悪質で、狡猾。まるで毒と同じだ。


【ひどい! 許せませんね!】


 だろ?

 だけどジェイソン所長が言うには術者は死んだらしい。

 罪は償った……とは言えないけど、自分の掘った墓穴に落ちたわけだ。


「スタンリー卿。呪いの反動で術者が死んだはずです!

呪いはずっと継続してました。術者はこの宮殿内にいるはずです。

いますぐ探し出して捕縛しましょう!」


「だめ!」


 俺は叫んだ。

 俺の様子に三人ともが驚いた表情をした。


「……犯人はわかってます。だいぶ大雑把ですが」


「ラルフなにを言ってる! 我ら近衛隊とてわからんのだ!」


「わかりますよ。

だってフェイおじさんが殺されたんだもの」


「どういう意味だ……」


「今、ここには2つの組織のトップがいます。

近衛隊隊長の父上。宮廷魔道士の長であるジェイソン所長。

当然お二人は内部犯を最初に疑ったと思います。

だとしたら自分の組織をまず最初に内偵したはずです」


「よくわかったな……」


「それでいなかったから父上もジェイソン所長も困っていた。

フェイおじさんも同じことをしたんだと思う。

それで殺されたんだから、犯人は参謀室の誰かです……」


 実はここで言わなかったことがある。

 本来なら父上とジェイソン所長だったら探すのは簡単だったと思う。

 でもルカにかけられた呪いのせいでタスクの優先度は最低。

 本人たちはやってるつもりでも片手間未満になっていたのではないだろうか。

 ルカの世話を忘れるくらいだもんな。

 人間にはどうにもできないところが本当に悪質だ。

 くっそ、魔法とか呪いってのは出力でかけりゃ強いってわけじゃねえのか!

 俺は深呼吸する。

 まだ本題に入ってないのだ。


【ご、ご主人様がんばれ!】


 おうよ!


「いや……参謀室のほぼ全員かな。

じゃないと犯人を隠蔽できないでしょうしね。

おそらく……術者が死んだことで参謀室は自分たちが疑われるって焦ってるはずです。

たぶん、すぐに戦闘になりますよ。

陛下とルカを逃してください。

秘密の通路の一つや二つあるでしょ?

宮殿内は僕が片付けます」


 俺の言葉に父ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 やめろって今生の別れにならねえっての。


「ら、ラルフ……」


 父ちゃんは渋った。

 だから俺は怒鳴った。


「スタンリー・マーシュ!

最初に守らねばならないのは誰だ!」


「お、王だ……」


「次は誰だ!」


「殿下だ……」


「じゃあ私は!」


「……さ、最後だ」


 家族は最後。どこでも同じだって。


「父上、私は死にませんって。

これでも普通に戦わなきゃ結構強いんで。

ただ陛下は嫌がるだろうことをしますんで……言いつけないでね」


 父ちゃんは顔を歪めるとルカを連れて行く。

 外道祭りの開催である。

 過去最低の手で勝利を掴んでくれる!

 俺はブチ切れている。手段など選ばない。

 目的は手段を正当化しない?

 うるせえ! 善とか悪とか関係ねえ!

 俺はルカを守りきってやるぜ!

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