肉塊転生

藤原ゴンザレス

第1話 赤ちゃん、寒村で熊の襲撃を受ける

 この家やべぇ。

 それを自覚したのは生後一ヶ月のことだった。

 俺は赤ちゃんである。

 なのに中身は成人男性のもの。

 異世界転生。

 まさか俺にそれが舞い込むとは思わなかった。

 トラックなのかすらもわからない。

 わかっているのはチュートリアルなしでステータスありということ。

 自力でどうにかしろってことだろう。

 そして異世界転生のお約束と言えば、貴族に生まれて年の近いメイドさんとのただれた生活。

 期待せずにはいられないだろう。な? 期待するだろ?

 そういう時期もありましたっと。


「あんたのせいでこうなったんだよ! 私の人生返せ!」


 金切り声。

 女の声だ。

 これが俺のママン。


「うるさい!」


 パーンと殴る音が聞こえる。

 この音だと平手打ちか。

 グーじゃない。まだ本気でキレてないな。うん。

 これが俺のパパン。


「私だってチャンスがあれば!

あのとき国王側についてさえいれば!」


「うるさい! この負け犬! 死んでしまえ!」


 ドンッと音が聞こえる。

 ママン。飛びかかったな。

 絵に描いたような幸せ家族。

 割れ鍋に綴蓋。二人とも負け犬だ。ついでに俺も。

 いやー……涙が出るね。

 もうね、生後半年で反抗期を迎えそう。

 早くバットが持てる年齢にならないと……たぶん殺されるわ。

 幸せ家族が崩壊したのは半年前。

 俺が生まれた頃だ。

 そのころは王と公爵の内戦の真っ最中。

 親父は公爵側についていた。

 で、王の勝利で親父は領地身分没収。

 寒い地方の開拓村に追放されて掘っ立て小屋暮らしである。

 俺が生まれてから、二人は毎日ケンカしてるよ。

 スローライフ目当てで田舎に引っ越した年寄り夫婦みたいで仲良しだね!


「もう私は出ていきます!」


 おーい、ママン。今は冬だよー。死ぬぞー。


「出ていけ!」


 ガッシャーン。

 とうとう酒を入れてた瓶投げやがった。

 あーあ、もったいない。


「くそ! どいつもこいつも! お前もだ!」


 とうとう拙者に矛先が来たでゴザル。

 こりゃ死ぬな。うん死んだ。

 生後六ヶ月で虐待死エンドを迎えそうである。


「お前! そいつ連れて出ていけ!」


「ええ出ていきますよ! こんな人生もう嫌だ!」


 バタンと音がした。

 ママンは出ていったらしい。

 もちろん俺は連れて行かない。

 だって栄養失調で死ぬのを待ってるくらいお荷物だから。

 びゅううううううううううっ!

 うおお、なんだ吹雪が入ってきたぞ!


「馬鹿者が! こんな吹雪で外に出たら死ぬぞ!」


「こんな生活するくらいなら死んだほうがマシよ!」


 女性の怒鳴り声とバタンと木戸が閉まる音がした。

 思ったよりやばい展開になってきたぞ。おい。


「ぐっ、ええい、お前! お前が生まれたのが運のツキだ!」


 人のせいにすんな。

 人を指差すな。大きくなったらその指曲がらない方にひん曲げるからな!


「おい! ミランダ! 待て!」


 バタン。びゅううううううっ!

 はいはい、さっさと仲直りしてね。

 常日頃から虐待の危険を感じていた俺はすっかりやさぐれていたのである。

 親がいなくなると俺は日課に取り組む。

 異世界転生名物魔法の練習だ。

 まずはステータスウィンドウオープン!


 名前:なし

 種族:ヒューマン

 LV:1

 HP:1/1 MP:70/70

 力:1 体力:1 知力:50 魔力:100 器用さ:0 素早さ:0 EXP 75/65535


 スキル


 魔法 LV:10 苦痛耐性 LV:5 精神耐性 LV:5 低栄養耐性 LV:7 物理耐性 LV:5 寒耐性 LV:7


 スキルポイント:300


 いろいろツッコミを入れたい。

 誰でもわかるのは後回しだ。わかったな?

 まず名前だ。

 いつでも殺せるように名前つけないでやんの!

 この人でなしどもが!

 力と体力はわかる。赤ちゃんだもんな。

 器用さと素早さはまだ動けないからだろう。

 支えがあればなんとか身を起こせるレベルだ。

 まあ両親は俺に触りもしねえけどな。

 知力は前世の引き継ぎっと。

 魔力は高い。異世界転生名物魔法チートに違いない。


 次にツッコミどころ満載のスキルだ。

 もっとすごいのがある? 今は気にすんな。

 ネグレクトでしょ、暴力でしょ、食事与えないでしょ。

 虐待の嵐である。

 気がついたらスキルが上がってたよ。

 低栄養耐性は将来太りそうで怖い。

 はい最後。ポイントと経験値な。

 経験値。明らかな嫌がらせだ! ふざけんな! はい説明終わり!

 ポイントは使い方がわからないので放置している。

 よっし、今日はポイント振ってみるかー。

 はーい、魔力に全振り!


「……」


 何も起こらねえ。

 使い方がわからぬ。

 どうしようっかな?

 とりあえず動けるようになるくらいまで生き残って他の村に逃げ込もう。

 魔法覚えて家を焼きに来よう。うん。そうだそうだ。

 次に日課の魔法の訓練だ。

 と言っても俺のは自己流。

 まずは感覚を研ぎ澄ます。

 これは座禅とか武道とかと同じだ。

 雑念を捨てて、呼吸を整える。

 すると感覚が鋭敏になり、見えなかったものが見えてくる。

 まるで赤外線カメラのような単色映像。

 それは魔力。

 単色に見えるのは人間の魔力の粒。

 壁を透過して人物が見える。

 俺は今の所これしか使えない。

 でもすごいんじゃないかな? ねえ、すごいよね! ほめてほめて!

 って思ったんだけど……ちょっと待って。

 なんか大きなのがいる。

 えーっと、外でもみ合ってるのがパパンとママン。オーケーそれはわかった。

 じゃ、少し遠く、200メートルくらい先ににいるあのバカでかいのなに?

 あ、立った。

 200メートル先からこの大きさって、実際の体長は10メートルくらいあるんじゃね?

 鎌倉の大仏くらいあるんじゃね?

 ……大きな獣。二足歩行可能。

 熊? 大きすぎるけど。

 ちょっと待て、冬の熊だと!

 冬眠しそこなった熊じゃねえか!

 冬山で一番凶暴な生き物だぞ!

 パパンとママンは巨大な生き物に気づかずに口論している。

 ちょ、逃げろ! 早く逃げろ!

 ところが外は吹雪。

 パパンもママンも猛獣の存在に気づかない。

 俺の泣き声も……届かない。


「グアアアアアアアアアアッ!」


 ここまで聞こえた咆哮。

 巨大な生き物が二人に突っ込んでいく。

 や、やめろ!


 ドンッ!


 小屋が揺れた。

 バキッ!

 血しぶきを上げながら肉と小屋の破片が壁を破って飛んできた。

 親父は俺の寝ていた柵にぶちあたり、俺の上に覆いかぶさった。

 ぼきりと体の中で音がした。骨が折れた!

 魔力センサーで確認したがなにも映らない。

 即死したようだ。クソッ!

 次に母親を見る。

 熊に噛みつかれ引きずられていく。

 俺には何もできない。

 だって親父の下からも抜け出せないのだから。

 そのまま熊は白銀の地獄へ消える。

 親父の肉の匂いで俺に気づかなかったようだ。

 俺はあまりのことに感情を失っていた。

 だがすぐに正気が戻る。


【本体生命の危機。ステータスウィンドウ・アドバンスモード解禁】


 システムが、ステータスウィンドウからブザーが鳴ったのだ。

 するとステータスウィンドウが赤と白の点滅をしながら警報音を鳴らし、俺に警告をしてきやがった!


【ボディ大破。体温が下がっています。心停止まで五分】


 冗談だろ……。

 俺……死亡まであと五分。

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