スマホアプリのJKが俺の家にやってきた

m-kawa

第1話 嫁が現れた!

『行ってらっしゃい、あなた』


「行ってきます」


 いつものようにに見送られ、意気揚々と玄関を出る。今日も空は快晴、いい気分である。年季の入ったスマホをポケットへと仕舞うと、駅に向かって歩き出した。

 俺の名前は田中拓海。しがないただの会社員、31歳の独身・・だ。少し前から流行りだしたスマホアプリ『JK彼女』にハマってしまった、ちょっと残念なおっさんである。


 名前の通りJKが彼女になってくれるアプリなんだが、やり込んでとある条件が重なると、なんと彼女が嫁になるという隠し要素があったのだ。

 今日もがんばるぞと気合を入れて出社すると、自分の席へと座りパソコンの電源を入れる。


「おい田中。これどうなってるんだ? 資料くらいまともに作れんのか?」


 しばらく仕事のメールをチェックしていると、上司から声がかかった。JK彼女で嫁であるはるかに送り出されて上機嫌だった気分が、一気に地に落ちる。


「えっと……、どういうことでしょうか」


 昨日提出した資料を渡されるが、どこがおかしいと具体的な指摘があるわけでもなし。上司からようやく聞き出したところによると、一部に計算間違いがあるらしい。間違えた自分も悪いが、言い方というものがあるんじゃないだろうか。

 資料を修正して提出すると、もう昼になっていた。


「はぁ……」


 結局今日の仕事はまだ何も進んでおらず、ため息しか出ない。

 会社を出て、もはやいきつけになっている定食屋につくと、いつもの日替わりを注文する。昼ご飯が出てくるまで遥に癒してもらおうと思い、年季の入ったスマホを取り出す。


「……あれ?」


 JK彼女を立ち上げるが、画面が暗転したまま復帰しない。いつもなら遥の笑顔が見られるのに。


「スマホも変え時なのか……。最近電池持ちも悪いし」


 昼休みの癒しが得られないことにさらに落ち込みつつ、あまり味を感じないお昼を食べて会社へ戻った。




 結局22時まで残業してしまった。軽く間食はしたが、それよりも眠い。

 疲れが勝った俺は、コンビニにも寄らずにまっすぐ帰ることにした。飯を食う気力があればカップ麺でも作ろう。


「ただいまー」


 一人暮らしの家なので返事がないのはわかりきっているが、これも習慣だろうか。


「……うん?」


 だというのに、なぜか家の中から美味しそうな匂いがしてくる。今朝は何かご飯を放置して家を出た記憶はないが……。というか玄関に俺以外の靴がもう一足あるのもなぜだ?


「あ、おかえりなさい」


 短い廊下を抜けてリビングへ入ると、何故かエプロンを付けた女の子がいるではないか。


「えっ?」


「今日は遅かったですね」


 何も反応できずに固まっていると、女の子が近づいてくる。そのまま動けない俺からカバンを奪うようにして受け取ると、いつも俺が置いている部屋の隅へと持って行った。


「どうしました?」


 俺の前まで戻ってくると、首をかしげて心配する様子を見せる彼女。

 相変わらず俺は固まったままで何もできないでいたが、ちょっとだけ思考できるようになってきた。


「えーっと……」


 ポニーテールにした黒髪を肩口まで垂らし、愛らしいクリっとした瞳がこちらに向けられている。少したれ目気味なところもあって愛嬌のあるかわいらしい女の子だ。

 それにしても彼女はどこかで見たことあるような気がする。なんとなく予想はつくが、ありえないという思いからなかなか口を開けないでいた。


「ごはん冷めちゃいますよ?」


 だけどずっとこうしているわけにもいかない。俺は確信を得るために、彼女に真偽を確かめることにした。


「……もしかして、遥?」


 ためらいがちに、スマホアプリで嫁となった人物の名前を呼ぶ。スマホの中の遥と、目の前にいる人物があまりにも似すぎていた。


「当たり前じゃないですか」


 両手を腰に当てて、ちょっとだけ頬を膨らませる遥。本気で怒ってるわけではないんだろうが、違う意味で破壊力が抜群だ。


「えっ、……いや、だって……」


 あまりの可愛さに直視できず、左右を見回して後ろも振り返ってみる。間違いなくここは、自分が一人暮らしをしている部屋で間違いない。自宅である1LDKのマンションだ。


「もう、何が違うんですか、拓海さん」


 ずずいとさらに近づいてくる彼女から、ふわりと甘い香りが漂ってくる。顔に血液が集まってくる感じがして半歩後ずさりながら焦っていると、自分のお腹から空腹を訴える音が聞こえてきた。


「あはは……! ほら、早くご飯食べちゃってください」


 音に機嫌を直したのか、彼女がキッチンへと引っ込んでいく。その後ろ姿もやっぱり遥そっくりだ。スマホアプリで『遥』という彼女をキャラクリしたのは自分自身なのだ。間違えるはずもない。


「どうなってんだ……」


 戸惑いながらも腹の虫をどうにかするべく、上着を脱いで食卓へと着く。とりあえず飯を食いながらいろいろ聞いてみよう。こう腹が減っていては頭も回らない。


「はいどうぞ」


 そう決めた俺は、遥の作ってくれたと思われる夕飯を口に入れた。

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