紫陽花

 大学内にある図書館へと向かった。広い場所だというのに、利用者は少ない。

 入り口から見えなくて、カウンターからも見えなくて、あまり人目につかなさそうになっている席に座る。机の上に、白くて何の装飾もない小さな箱を置く。

「……」

 箱をするりとなでる。紙なんて安いものではできていない、たぶん材質はプラスチックだろう、そういったものでできているような感覚が指に伝わる。天井部分の四隅だけが少しだけ大きく作られており、そうしてできた段差の部分に指を引っかけて、力を込めた。かちっという音がして、すんなりと箱を開けることができた。

 中には、箱よりも小さい薄桃色をした紫陽花が入っていた。かわいらしくその箱に収まっている。

「なんだあ。 かわいいじゃん」

 開けちゃだめなんて言うもんだから、やばいものが入っているのかもと期待もしてたのに。これじゃ拍子抜けだ。法的にやばいものの可能性もあるし、こういう風なものの方がまだマシかもしれないけど。

 箱から紫陽花を取り出す。ふわりと花の香りと共に甘い香りが漂う。菓子のようなあまいあまい香りだ。開けちゃだめっていうのは、あの子なりのジョークだったのかも。お菓子を配り歩いていただけだったのかもしれないな、なんて思って、口に入れる。甘くておいしい。砂糖菓子のようだ。

 でも、小さすぎて一口で終わってしまった。もうちょっと味わって食べたらよかったかな。そう思って、箱をするりとなでる。

「あれ?」

 何の装飾もない白くて小さな箱だと思っていたはずの箱は、色づき始めていた。さきほど食べてしまった薄桃色をした紫陽花のような色合いになり、白で紫陽花が刺繍のように表現されていく。どういう仕組みでそうなっているのかはわからないが、面白いギミックで、なによりさっきよりもかわいくなった箱にテンションが上がった私は、その小さな箱を大事に鞄に入れて、何も借りずに、図書館を後にした。



 □□□



(開けちゃだめだよ)

 脳内に声が響く。あの昼間あった子とは違う幼い声が響いている。せっかく気持ちよく寝ていたというのに。その声で目が覚めてしまった。

(開けたら、)

 脳内で声は響き続けている。うるさくて仕方ない。目を開けて、時計を見たら、まだ夜の二時だ。起きたってどうしようもない時間であり、街だってまだ眠っているはずの時間である。最悪だ。

(だめだって)

 脳内で幼い声は続けた。私は目を閉じる。明日、というか今日は一限目から出なくてはならないというのに。非常識だ、実に。

(約束やぶる悪い子は、)

 約束? 私は約束なんてしていないというのに、なんて理不尽な。幼い声は脳内で声を響かせ続ける。

(死んじゃえ)

 恨み節をはいて、その声はやんだ。

 その後の夢見が悪すぎて、今日でなければいけなかったはずの講義には間に合わなかった。

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