第17話 ちはやふる 神代も聞かず 竜田川

『先生、先生、大丈夫ですか?先生、起きて下さいよぉ!』

『あぁ…もう、先生ったら、私のラインで喜んでくれたのに…待ち合わせの時間になっても来ないなんてぇ?』

『えぇ?何か用事があったかなぁ?』

『違いますよぉ!もう、先生ったら?忘れいます?『今日は鎌倉で紫陽花を見に行きましょう?』と誘った事。』

『あれぇ、来週じゃなかったけぇ?』

『ひどいなぁ…すっかり忘れています?』

『21日じゃなかった?』

『あぁ…それは、原稿の締め切り日ですよぉ。先生に何かあったと思って直接来て良かったなぁ…』

『あぁ…そうだったなぁ。今からゆっくりと行こう。』

『大丈夫ですか?夕方までしか時間が取れないのですが…』

『大丈夫だよぉ…気分転換にもなるからなぁ。ここからだと、小田急に乗って、藤沢から江ノ電で長谷駅だねぇ?』

『そうですねぇ。』


『やっと着いたなぁ。長谷寺に。いやぁ、それにしても、すごい人混みだなぁ…』

『『もう、だから早く行きましょう!』と事前に伝えておいたでしょ?』

『あぁ…そうだったねぇ?ごめんねぇ。』

『でも、うれしいなぁ。あぁ、ところで、一つ気になる事があるんですけど…』

『えぇ?何かなぁ?』

『『小説家になったきっかけ』はありますか?』

『運が良かったのかもなぁ…たまたま、大学2年の時に『初夢』を見たんだぁ。』

『確か、『1、富士山』『2、鷹』『3、なすび』でしたよねぇ?』

『そうそう、『初夢』に見ると運気が上がるという夢だなぁ…でも、『富士山』『鷹』『なすび』は夢には出てこなかったなぁ…』

『えぇ?でも『初夢』なんですよねぇ?』

『そうなんだぁ。』

『なら、どんな『夢』だったのぉ?』

『今でも、不思議な感覚があるんだけど…たまたま、投稿していた『鏡花水月の花言葉喫茶〜澤村 あやめ』を読んだ出版社から連絡が入って取材を受けたのがきっかけなんだぁ…それも、夢の中での話が2年後に現実になってねぇ。大学卒業と同時に作家デビューしたのさぁ。』

『へぇ、そんな事が現実になるんですねぇ?』

『確かに、偶然みた夢と同じ状況になったので鳥肌がたったけどねぇ。』

『そうなんだぁ。』

『あぁ…話は変わるけど、『紫陽花の花言葉』は知っているかい?』

『えぇ?知らないなぁ…』

『実は『紫陽花』の花言葉は『移り気』なんだよぉ。』

『『移り気』って嫌だなぁ…』

『そうだよねぇ?でもねぇ、最近では『家族団欒』という花言葉が広まり母の日の送り物や結婚式のブーケなどで使われているんだよぉ。』

『えぇ、そうなんだぁ。そちらの花言葉の方が素敵だなぁ…あぁ…先生、やっと順番ですよぉ。』

『案外、早かったねぇ?』

『そうですねぇ。あぁ…先生、見て、見て!綺麗な紫陽花ですよぉ。』

『本当に綺麗だなぁ…癒されるなぁ…』

『こっちの紫陽花はピンクで綺麗ですねぇ?』

『そうだねぇ。綺麗だなぁ…』

『もう、先生、紫陽花を見て下さいよぉ!カタツムリを見ているのは先生だけですよぉ?』

『あぁ、そうだねぇ…ごめん、ごめん。』

『もう、先生ったら…』

『あぁ、そう言えば、『紫陽花の色』にも花言葉があるんだよぉ。知っていた?』

『えぇ?そうなんですか?』

『ピンクの紫陽花には『元気な女性』『強い愛情』という花言葉があってねぇ?青の花言葉には『冷淡』『無情』『辛抱』『強い愛情』があるんだぁ。』

『へぇ、そうなんだぁ。あぁ、記念に一枚写真良いですか?』

『えぇ、良いけど…』

『良かった。うれしいなぁ…あぁ…後で送りますねぇ?あぁ…もう、夕方ですねぇ…私はこれから、会社に戻りますので、ここで失礼しますねぇ?』

『えぇ?ここまで来てそれはないなぁ…夕食ぐらい付き合って欲しいなぁ…』

『すいません。ラインで伝えておきましたけど…夕方までしか時間が取れなくて…』

『そっか…残念だなぁ…』



『あぁ…もっと一緒に居たかったなぁ…まさか、こんなに後ろ髪が引かれるぐらいの思いなら…逢わなければ良かったなぁ…でも、勇気をもって、写真撮れたから良かったなぁ…』


『あぁ…こんな事になるなら…日程をずらせば良かったなぁ…すごく寂しくなってきたなぁ…癒されると思ったけど…涙があふれてきたなぁ…泣いているなぁ…辛いなぁ…でも、うれしいのはなんでかなぁ?あぁ…ラインだぁ!

『先程は長谷駅で別れてすいませんでした。もっと、ゆっくりと出来れば良かったのですが…この穴埋めは今度しますねぇ?長谷寺で二人で撮った写真送ります。』って、いやぁ、うれしいなぁ!あぁ…テンションが上がって最高だなぁ…よし、頑張って、仕事するぞぉ!仕事だぁ!!』


今日の百人一首は…

『在原業平朝臣〜ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは 』


20××年

『先生、秋になりましたねぇ?』

『そうだねぇ…久しぶりに紅葉を見ながら散歩でもするかぁ?』

『えぇ?先生からお誘いは久しぶりですねぇ?』

『まぁ、最近は忙しくて、かまってあげてなかったからねぇ?』

『いえいえ、先生が多忙で、マスメディアからもイケメン作家としてみない日も耐えないし、私なんかと散歩しても大丈夫なんですか?』

『まぁ、最近は買い物さえもサングラスをかけないとすぐに囲まれるようになったけど…』

『なら、やめておきましょうよぉ…』

『でもさぁ、俺たち付き合っているから堂々としておけば良いさぁ。』

『そうもいきませんよぉ。坂浦ファンが私を敵にしますって…それに、最近では、『私が彼女です。』と近寄りがたいぐらいですから…仕事以外の付き合いは遠慮しようかと…』

『わかっているけど…でも、俺が好きなのは久美しかいないだぁ!』

『えぇ?本当に…気持ちは変わっていないのぉ?』

『最初から、この世の中で好きなのは久美しかいないさぁ!』

『初めてだなぁ…ちゃんと、手を握って目を見つめて伝えてくれたのぉ…解ったわぁ…でも、サングラスをとって堂々と守ってくれますか?』

『もちろんだよぉ。任せておけって!』

『久しぶりに、先生と川のほとりで紅葉って素敵ですねぇ?』

『本当だねぇ?今日は夕陽に照らされて川面一面の紅葉がからくれなゐに…』

『本当に綺麗ですねぇ?』

『一番、綺麗なのは夕陽に照らされた久美だよぉ…』

『えぇ…』

『ちはやぶる 神代も聞かず…』


『はぁ…夢かぁ…それにしても、素敵な夢だったなぁ…イケメン作家、サングラス、坂浦ファン…あまりにリアルで怖いけど…今からでも遅くないなぁ…不安にならないように伝えなきゃなぁ…あれぇ、紅葉が手のひらに…不思議だなぁ…』



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