憎しみではなく愛で

遥かな旅へ

 オーウィルに乗った忠志は、巨大宇宙船のアンカーに向けて加速する。アンカーは宇宙船を関東上空に固定させるための錨ではない。その正体は地球の中心の熱エネルギーを吸い上げるための吸熱装置だ。芯は熱伝導率の良い銀合金であり、それが地下から熱を吸い上げて、宇宙船内の「王」に供給している。


(これ以上お前たちに地球からエネルギーを奪わせる訳にはいかない)


 忠志はオーウィルの両腕に超高熱をまとわせ、電光溶断ブレードを形成して、宇宙船のアンカーを横なぎに斬り払った。一撃でアンカーは切断され、その機能を停止する。宇宙船は少しずつ、ゆっくりと浮き上がり、地球から離れて行く。

 その後に、忠志は高度一万メートルの宇宙船目がけてオーウィルを垂直に上昇させた。彼は機体の温度を上げながら、同時に速度も上げて、オーウィルを炎の弾丸へと変え、そのまま宇宙船の動力炉に突入する。……忠志には分かる。そこに「王」がいるのだ。地球から奪ったエネルギーを全て蓄えている、強大なエネルギー生命体の王が……。



 宇宙船の動力室は無人で、ただ何百メートルもある巨大な球体が鎮座していた。


(これが……王?)


 エネルギー生命体の王を宿した宇宙船の動力炉は、ひたすらに静かで穏やかな光を放っている。それはまるで忠志を――新たな王となる後継者を――歓迎しているかのようだった。忠志は誘われるままに、動力炉へと近付く。


(呼びかけているのか? 太陽を食らう準備が整ったと。今こそ一つになろうと)


 忠志はオーウィルの手を伸ばし、動力炉に触れた。同時に彼は強い輝きを求める心を理解する。太陽への猛烈な憧れを。しかし、彼は衝動に流されはしない。彼は「王」に対して地球を思う心を伝える。「愛」の感情を……。


 忠志の脳裏には、これまで過ごして来た平和な日々が浮かんでは消える。両親の事、親友の事、学校の事……。何物にも代えられない大切な物を失っても、まだ守るべき物、守りたい物が残っている。新理、レジスタンスの人たち、学校の友達、今まで自分と関わって来た全ての人……。憎しみではなく故郷を守るために、忠志は愛を伝える。


 「王」は人間の持つ「心」を理解できず、困惑しているようだった。だが、忠志は構わず「王」を取り込んで同化する。


(地球を出発しよう。これから向かうのは、もっと遠くの星。遠く彼方に輝いて見える、太陽よりもっと大きくて明るい星だ)


 高エネルギーに呑み込まれ、忠志の存在はエネルギー生命体の中で希薄化する。それでも地球を守るという決意だけは揺らがない。忠志の意識はオーウィルから宇宙船に移り、少しずつ地球から離れて行く。


(さあ、旅立ちの時だ)


 忠志の思念を受けて、世界中に散っていた働き蜂が一斉に宇宙船に帰還する。

 宇宙船が自転の慣性から解放され、曇り空が晴れるかのように、関東平野に少しずつ太陽の光が戻って来る……。



 宇宙の彼方へ旅立つ前に、静止軌道上で忠志は地球を顧みた。青く美しい星、彼の故郷、地球。

 これから忠志は寒く暗い宇宙で長く孤独な旅を続けなければならない。そう思うと彼の心に悲しみが押し寄せて来る。

 どうしてレジスタンスの代表の国立が何度も自分に謝ったのか、忠志は今になって理解した。国立はヴィンドーから忠志の運命を……事を聞かされていた。おそらくは渡橋も、新理も。

 忠志は寂しさを、未練を振り切るように、自分の新たな目標――おおいぬ座のシリウスを見詰める。

 後ろは振り返らない。寂しさに押し潰されそうになるから。太陽の光を求めてしまうから。人の温もりを懐かしんでしまうから。


(さようなら、新理。さようなら、みんな。さようなら、地球……オレの生まれ育った星)


 宇宙船は一気に速度を上げて、準光速の恒星間航行モードに入る。二度と太陽系に帰れないように、エネルギーの続く限り加速して。

 もし忠志の意識が完全に失われ、エネルギー生命体の本能で太陽系に戻って来るとしても、それは何千、何万、あるいは何億年も先の遠い未来の事になるだろう。


 ただ一人、地球から遥かな宇宙の彼方を目指して飛び続ける、諫村忠志の孤独を知る者はいない。

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