真実の時

 オーウィルのコックピットで忠志は夢を見ていた。重力が働かない、上下左右も不確かな、ただひたすらに真っ暗な空間で、明かりを求めてさまよう夢だ。


(寒い、寒い……明かりはどこだ? オレを温めてくれる光は……)


 その内に彼は太陽によく似た強い光を発する星を発見する。忠志は目映く燃える星に向かって、真っすぐ暗黒の空間を泳ぐように進んだ。恒星から放たれる光線を浴びて、彼の体は少しずつ温まるが、今度は熱くなって来る。


(あぁ、熱い……。このままだと燃え尽きてしまう。どこか近くで体を休めよう)


 彼は恒星に近い小さな惑星に立ち寄る。そこには地球によく似た文明があった。青い海と緑の森が広がる、温かく穏やかな美しい星。


(ここで力を蓄えよう。そうしたら、あの星を……)


 忠志は小さな惑星から恒星を見上げていた。彼はしばらく呆然と恒星を見詰めていたが、やがて我に返る。


(……オレは何を考えているんだ?)


 同時にヴィンドーから声をかけられた。


(タダシ、タダシ! 気が付いたか)

(ヴィンドー! これは何なんだ? オレは夢を見ているのか?)

(夢ではない。タダシ、これは私の……私たちのの記憶だ)

(本体? 本体って何だ?)

(これから私は全ての精神力を懸けて、君とオーウィルを復活させる。私の精神は消滅するだろう。その前に、君が抱く全ての疑問に答え、真実を語ろう。よく聞いてくれ)

(ど、どういう事だよ!?)


 動揺する忠志に構わず、ヴィンドーは語り始める。


の本体は『エネルギー生命体』だ。光・熱・電気、あらゆるエネルギーを取り込んで成長する宇宙生物。成長するに従って、より大きなエネルギーを求めるようになり、最終的には恒星をも食らう。そうやって蓄えたエネルギーで何をするのか、それは私にも分からない。ただそういう性質を持った生命体なのだ。広大な宇宙空間を旅して、エネルギーを集め続ける)


 忠志は自分が何故なぜ事ある毎に太陽に目を奪われるのか、何故明かりを求める夢ばかり見ていたのか、理解した。


(それじゃあ、適合者っていうのは……)

(エネルギー生命体を宿すのに適した者の事だ。そして……タダシ、人間としての君は既に死んでいる。君も私も思考と精神をエネルギー生命体に預けて、生きながらえているに過ぎない)


 忠志が飲まず食わずでも生きていられたのは、本体がエネルギー生命体だったからだ。彼が気絶している間に、ヴィンドーが食事を取っていた訳ではない。発熱を心地好く感じるのも、エネルギーそのものが動力源だからだ。電気自動車が動くのも直接エネルギーを注入していたから。オーウィルが動くのも同じ原理。そして死んだはずの忠志の体が動くのも……。


(オレは死体も同然なのか)


 その事実に気付いた忠志のショックは小さくはなかったが、彼は自分でも意外なほどに落ち着いて、自分の運命を受け入れていた。彼は両親と親友の死から、自分だけが生き残った事に罪悪感を持っていた。もう彼は後悔しながら過去を振り返らなくて良いし、将来について思い悩む必要もないのだ。


(済まない。もっと早く伝えるべきだったのだが、いきなりではショックが大きいと思って、なかなか言い出せなかった)

(いや、大丈夫だ。一度死んだ時点で、オレの体が普通じゃない事は分かってた)


 全てを受け入れる決意をした忠志の中に、ヴィンドーの知識が流れ込む。


(私の故郷――私たちリラ星人の母星はエネルギー生命体に滅ぼされ、エネルギー生命体に適合した者だけが生き残った。リラ星人の言う『王』とはエネルギー生命体の群れを率いる存在の事だ。王の後継者はお互いに争い合い、取り込み合い、次の王に相応しい力を得て、やがて王をも取り込む)

(ああ、オレたちは次の王にならなければならない。それが地球を救う唯一の方法だから)

(エネルギー生命体の本能は強い。どんなに強い精神力を持っていても、時が経てば、自分の意識をエネルギー生命体に乗っ取られる)

(その前にオレたちは王になって、できるだけ地球から、太陽系から遠く離れなければならない。二度と奴等が太陽系に近付けないように。オレたちに人間としての意識が残っている内に)

(私は故郷を守れなかった。タダシ、君には私にできなかった事をして欲しい。地球の命運は君の手に懸かっている。頼んだぞ)

(……ヴィンドー?)


 ヴィンドーの意識が弱まる気配を感じて、忠志は彼に呼びかけた。だが、返答はない……。


 忠志は不安の中で意識を取り戻した。気を失う前と同じ、暗く狭いコックピットの中で、彼は冷気に身震いする。まだオーウィルは氷漬けにされたまま。まだ動力部にエネルギーは残っていると感じるが、機体が凍ったために休眠状態だ。

 何か現状を打破する手段はないかと、彼は暗いコックピット内を見回した。その時、ビニール袋が足に触れて、ガサリと音を立てる。レジスタンスの渡橋の差し入れだ。

 忠志は袋から栄養補助食品を取り出すと、片っ端から口に放り込んだ。少し冷たくなっているが、品質に問題はない。咀嚼して飲み込めば、体の芯が熱くなる。


(ありがとう、渡橋さん)


 腹の中の物が全てエネルギーに変わるイメージを持って、忠志はオーウィルの動力部で眠っているエネルギー生命体にアクセスする。


「やるぞ、オーウィル!!」



 忠志は再び機体と同調して、内から湧き上がる熱で一瞬の内に機体を凍り付かせている冷気を打ち払った。オーウィルが復活した事に、巨大合体ロボット――『ユニガルド』のパイロットは驚いて目を見張るが、それでもオーウィルを脅威だとは見なさない。


「まだ動けたのか……。だが、私に対抗できるだけのエネルギーは残っていまい。これで終わりだ、ディスパージョンブラスター!」


 ユニガルドのパイロットは頭部に取り込んだエルーンからエネルギー分散ビームを発射する。しかし、忠志の動かすオーウィルは空を飛んで華麗に躱した。そして両腕を切り離し、ユニガルドの背面に回り込ませ、エネルギー分散ビームの発生機構がある翼の付け根を掴む。


「行け、焼き切れ!!」


 忠志のかけ声で翼を掴んだ両手が白熱する。高熱で機構を破壊して、機能停止に追い込むつもりだ。更に、その過程で発生するプラズマエネルギーを吸収して、オーウィルの動力に回す。


「させるかっ!」


 ユニガルドは機体から無数のケーブルを伸ばし、オーウィルの両腕を絡め取って、逆にエネルギーを吸収しようとした。

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