抵抗者は反逆者

希望と絶望

 忠志が目覚めたのは、また別のホテルの客室だった。窓の外の明るさから、まだ陽は落ちていないと分かる。彼が体を起こして周りを見ると、ベッド脇の椅子に一人の少女が座っていた。忠志は少女を知っている。彼女は――上木新理だった。

 新理は目覚めた忠志と目が合って、驚いた顔をしていた。忠志も驚きから大きく両目を見開き、彼女より先に口を開く。


「新理、生きていたのか!! 夢じゃないよな!?」


 新理は彼の勢いに圧されながらも、小さく頷く。忠志は何度も頷き返して、安堵の息を吐いた。

 新理の服装は別れた時と変わっていない。あれから家に帰れていないのだ。身形こそ小綺麗だが、精神的な疲労のためか、どことなく顔はやつれて見える。


「良かった……。本当に良かった。みんな死んでしまったのかと思った。新理だけでも生きていてくれて、良かった」


 泣きながら笑う彼を見て、新理は俯いた。


「……ごめんなさい。私、何もできなかった」


 彼女の頬を涙が伝い、ぽたぽたと彼女の膝の上に落ちる。

 忠志は彼女を責めない。自分の涙を拭って、励ましの言葉を口にする。


「良いんだ。生きている事が一番だ」


 それでも新理は泣き止まなかった。忠志は静かに彼女が落ち着くまで待った。今の彼にとって、彼女の存在は暗闇の中で輝く唯一の希望だった。



 数分後、新理が泣き止むのを待って、忠志は彼女に問いかける。


「今まで、どうしていたんだ?」

「……あれからレジスタンスの人に助けてもらったの」

「ああ、そうなのか……。新理のお父さんとお母さんは無事?」

「そう聞いてる。まだ会えてないけど……」


 リラ星人に命を狙われているなら、表を出歩く訳にはいかない。下手に動けば、忠志のように両親の命まで危うくなる。忠志は彼女を勇気付けるために宣言した。


「大丈夫だ。オレがリラ星人を倒す!」


 新理は再び小さく頷いて、忠志に尋ねる。


「あの白いロボット、今はタダシが乗ってるの?」

「ああ、そうだよ。オーウィルって言うんだ。あの時のリラ星人がオレに託した。リラ星人を倒すために」


 新理の口振りからして、彼女は忠志がオーウィルに乗ってリラ星人と戦っている事を知っている。レジスタンスの人に聞いたのだろうと、忠志は予想する。


 二人が話している途中で、スーツを着たレジスタンスの男性が慌てた様子で室内に駆け込んで来た。


「二人とも、急いで付いて来てくれ! ここは危険だ! 早く!!」


 急な事に忠志も新理も驚いたが、迷っている場合ではなさそうだったので、素直に彼に従った。もしかしたらリラ星人に見付かったのかと、二人とも恐れる。

 レジスタンスの男性は二人が遅れないように、二人の先を走りながらも追い付くのを待ってくれている。


「一体どうしたんですか?」


 忠志が問いかけると、レジスタンスの男性は深刻な表情で答えた。


「軍だ」

「軍って……何の?」

「日本のだよ。政府にとって、レジスタンスは邪魔な存在なんだ。今までは脅威にならないから見過ごされていたが、リラ星人のロボットを撃退する白いロボットが現れたからな。リラ星人の支配が揺らぐ」


 それを聞いて忠志と新理は同時に声を上げる。


「そんな!?」

「会長が話した通りだ。今の政府はリラ星人の力を借りて、日本を覇権国家にしようとしている。一度リラ星人に付いた以上、リラ星人がんだ。『毒を食らわば皿まで』ってな」


 レジスタンスの男性は淡々と二人に告げた。

 忠志と新理は信じられない気持ちだったが、それが嘘ではない証拠に迷彩服を着た集団が後方から現れて銃撃して来る。二人の側を銃弾が通り抜けて、空を裂く音が耳に届く。忠志も新理も恐怖に駆られて走り出す。


「こんなのってありかよ!!」


 そこまでやるのかと忠志は愕然とした。それはつまり日本政府は本気で覇権国家を目指しているという事だ。


 三人はホテルの廊下を走って逃げたが、その先にも軍が先回りしていた。レジスタンスの男性は歯噛みする。


「これは厳しいな。もう逃げ道は……」


 相手は軍隊だ。作戦には入念な準備をする。突入した時点で、当然他の出入口も押さえている。逃げ道を見逃すようなヘマはしてくれない。

 最早絶体絶命という時、ヴィンドーが忠志に呼びかけた。


(上だ)


 それを受けて忠志はヴィンドーの考えを完全に理解した。彼は新理とレジスタンスの男性に告げる。


「上へ!!」


 三人は階段を駆け上がり、ホテルの五階に出た。瞬間、轟音が鳴り響き、ホテル全体が大きく揺れる。忠志は怯まず廊下に出て、不安げな顔をする新理とレジスタンスの男性を誘導する。


「こっちだ!!」


 ホテルの廊下には外に通じる大穴が開いていた。ヴィンドーがオーウィルを呼び寄せて、拳を建物に打ち込ませ、脱出路を作ったのだ。

 忠志は先に大穴を通り、オーウィルのコックピットを開かせて乗り込む。その後に新理とレジスタンスの男性を、オーウィルの右手に乗せた。



 軍の歩兵隊が小銃でオーウィルに向かって射撃するが、傷一つ付かない。銃弾がオーウィルに着弾した際の衝撃を熱エネルギーに変換して吸収している。

 これがリラ星人の機体に共通する堅牢さの秘密だ。宇宙船も働き蜂も、同じ防御機構で守られている。世界各国の軍隊は、この超技術に敗れたと言っても過言ではない。

 軍はスティンガーミサイルまで持ち出して来るが、これも通用しない。忠志は右手を優しく握って新理とレジスタンスの男性を守り、地上の部隊に左手を飛ばして攻撃した。


(どっか行け! 早くオレの目の前から消えろ!!)


 左手は地上部隊の数メートル前の道路を粉砕する。

 人殺しはしたくない。人間同士で意味のない戦いはしたくない。忠志は相手が軍人であっても、人を殺すつもりはなかった。復讐の対象はリラ星人だけだと、固く心に決めていた。

 しかし、軍は撤退してくれない。忠志の攻撃に殺意がない事を見抜いている。


(死なないと分からないのか!?)


 忠志は小動物を追い払うように軍の隊列を踏み荒らしたが、隊員たちは建物の陰に隠れて攻撃を続ける。軍隊には正義も悪もない。彼等は命令だから、そうせざるを得ないのだ。彼等は機体に攻撃が通じないと見るや、今度は忠志が右手に守っている二人を攻撃の対象にする。


(こいつ等っ!! 畜生、畜生!!)


 焦りと怒りから、忠志は手近な建物の一部を叩き壊して、瓦礫を隊員たちの上に降らせた。それで大部分は大人しくなったが、今度は背後から別の部隊が銃撃を浴びせて来る。思い通りにならず怒りを溜め込む忠志にヴィンドーが助言する。


(タダシ、相手にするな。この程度の攻撃なら何発受けても機体は傷付かない。この場から離れよう)


 ヴィンドーは「離れよう」としか言わなかったが、忠志は彼のイメージを正確に受け取っていた。オーウィルはと言うのだ。そして忠志は何の疑問も抱かずに、さも当然のようにオーウィルを。イオンスラスターがプラズマ推進で機体を浮かす。

 忠志は右手の中の新理とレジスタンスの男性を傷付けないように、ゆっくりと静かにオーウィルを上空二百メートルまで浮上させて、北の方角にある人の少なそうな空き地――三ツ池公園まで時速約五十キロで飛び去った。

 戦車も戦闘機も使えない軍は、人の足で移動する事しかできない。一度距離を取ってしまえば、追い付く事は難しい。

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