「敵」と「味方」

守るべき物のために

レジスタンス

 忠志が目覚めた場所はコックピットの中ではなく、見知らぬ建物の室内だった。彼は清潔な白いベッドの上で寝かされていた。内装はビジネスホテルのようだが、どこなのかは分からない。


(家に帰らないと……)


 いつもの感覚で帰らなければと忠志は思ったが、もう家に自分の帰りを待つ家族はいないのだと気付き、無性にやるせなくなる。彼は落ち込んだ気持ちでベッドから起き上がり、ヴィンドーに呼びかけた。


(ヴィンドー、応えてくれ。ここはどこなんだ?)

(カナガワ・カワサキの海沿いにある宿泊施設だ。安心してくれ。ここは君の味方になってくれる人たち、いわゆるレジスタンスの管理下にある)

(日本にそんな組織があったのか)


 知らなかったと驚く忠志に、ヴィンドーは告げる。


(この国の政府はレジスタンスの拡大を恐れて情報を伏せた。リラ星人のご機嫌取りのつもりだろう。だが、レジスタンスの規模は決して小さくない。多くの組織が外敵に対抗するため、お互いの政治的な主張を差し置いて団結しているのだ)


 難しい政治の話をされても困ると、忠志は眉を顰めた。

 実際、現在の日本の政治状況は混沌としている。政界を牛耳っているのがリラ星人派で、リラ星人の後ろ盾を得て権勢をほしいままにしている。ただ資源を奪うだけのリラ星人に何をしても敵わないのだから、素直に媚びた方が賢いと言うのは、その通りなのだが……。現状そうするより他にないと言うべきかも知れない。一部の政治家は海外に脱出して、日本独立のための支援を呼びかけているが、それが功を奏する見込みは皆無だ。地球人の科学力では到底リラ星人に敵わない。


 ヴィンドーは話を続ける。


(レジスタンスの代表が、君と話をしたいと言っていた)

(オレと? まあ良いけど……誰なんだ?)

(右翼組織の大物と聞いている)


 厄介事には関わりたくないというのが忠志の本音だったが、リラ星人と戦うと決めた以上、もうそんな事は言っていられない。少なくとも自分一人でリラ星人に立ち向かうよりは、大人の手助けがあった方が心強い。


(会うのは良いけど、どこに行けば良いんだ?)

(ロビーに関係者が居るはずだ。その者に用件を伝えれば良いと思う)


 忠志はホテルの宿泊室から出て、一階のロビーに向かう。現在の時刻は不明で、ただ日中という事しか分からない。窓の外は曇りのように薄暗いが、それが関東の日常。

 ホテル内の照明には電気が通っておらず、エレベーターも動かない。宿泊客ばかりか従業員もおらず、ロビーのカウンターにも誰もいない。ただロビーのラウンジには数人のスーツ姿の男性が座っていて、トランプでページワンをしている。

 彼等がレジスタンスのメンバーだろうと思い、忠志が話しかけようと近付くと、彼等はトランプを片付けて席を立ち、忠志に向き直った。そして忠志より先に口を開く。


「君が『諫村忠志』くん?」

「は、はい、そうです」

「私たちの代表が君と会いたがっている」

「はい、分かっています。会わせてください」


 男たちは話が早くて助かると安堵し、忠志をホテル一階の支配人室に案内した。



 支配人室のソファには杖を突いた白髪の老人が座っている。かなりの高齢に見えるが、背筋は伸びていて眼光は鋭い。この人がレジスタンスの代表なのだと、忠志は直感した。

 老人は少し嗄れたような声ながら、はっきりした口調で忠志に話しかける。


「諫村忠志くん、君の事はヴィンドーから聞いている。まあ座ってくれ」


 忠志は促されるままに老人の対面のソファに座った。忠志をここまで案内した男たちは、立ったままで忠志と老人を囲むように位置取る。

 まるで逃げ出さないか見張られているようだと、忠志はプレッシャーを感じて恐る恐る老人の顔を見た。老人は真っすぐ彼を見詰め返して話を始める。


「僕は自主立志じしゅりっし会の会長、国立くにたち功大こうだいだ。リラ星人の支配に抵抗する組織のまとめ役を任されている。諫村くん、どうか日本の自主独立のために僕たちに協力して欲しい」

「独立って、全然そんな事は……。オレはただリラ星人を許せないだけで……」


 大げさな話で付いて行けないと、忠志は困惑を顔に表した。彼は政治的な話には興味がなく、リラ星人さえ倒せば日本は平和になると、単純に考えていた。

 レジスタンスの代表者である国立は、忠志に深々と頭を下げる。


「年長者として、君のような若者に頼らざるを得ない現状を恥ずかしく思う。現内閣総理大臣、両月りょうげつ朋生ともなりは私の弟子だった男だ。奴は目先の欲に目が眩んで、誤った道を選択した」

「でも、それはしょうがないんじゃないんですか? 大国が束になっても勝てなかったのに、日本がリラ星人と戦ったところで……」

「そうではない。両月はリラ星人の技術を取り入れ、リラ星人が去った後の荒廃した世界で、日本を世界一の覇権国家にするつもりだ」


 日本政府にそんな野心があったのかと忠志は驚いた。確かに巨大宇宙船で恒星間航行をするリラ星人の技術を日本が独占できれば、覇権国家になる事も夢ではないのかも知れない。だが、世界中からエネルギー資源が失われた後で、そんな技術に何の意味があるのかは分からない。どんなに高度な技術があっても、それを利用できる環境がなければ、宝の持ち腐れだ。

 国立は忠志に告げる。


「両月の計画は危険な賭けだ。リラ星人は地球人を何とも思っていない。日本も例外ではないんだ。僕としては国家を伸るか反るかの博打に付き合わせたくない。何より両月には大義がない」


 それを聞いても忠志は今の日本政府を批判する気にはなれなかった。日本が全面降伏した見返りに、リラ星人から与えられているエネルギーは、全く十分とは言えない。それでも徹底的に搾り取られるよりはマシだと、忠志は考えていた。武力で敵わない以上は我慢するしかないのだと。


「難しい話は分かりません。でも、リラ星人はオレが倒します」


 忠志には他に言える事がなかった。

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