第6話 研究の始まり

 クレオ兄さんが戻ってくると、母さんは反省を始めた。

「クレオ。あなたはまず、『無詠唱』の技術を会得なさい。コツは魔法式の構造を強く記憶し、イメージできるようにすること。詠唱はなくてはならないものではないわ」

 むしろ、あっても時間を食うだけ。

 そう締めくくると、母さんは「手本を見せる」とか言って、三人を置いて移動する。先程クレオ兄さんが魔法を行使した辺りに移動すると、腕を前に伸ばし、人差し指を突き出す。


「《ファイアーボール》」


 瞬間、母さんから多量の魔力が放出されたのを、俺は敏感に感じ取った。

 俺だけではない。ちらりと見れば、兄姉たちが揃って顔を引き締めている。どうやら、母さんの魔力に当てられたようだ。

 母さんの周囲に、《ファイアーボール》が多重展開。先程クレオ兄さんが使用した魔法式と形は同じだが、展開速度と展開数が半端じゃない。

 魔法式は砲台の如く火球を放射。数十門に及ぶ砲台が火を吹き、これまた同様に先程クレオ兄さんが着弾させた位置に着弾。

 着弾と同時に起爆。一つの火球の爆発は、次々と他の火球の爆発を促し、連鎖して爆発が止まらない。

 母さんの放った魔法が残らず爆発しきり、黒煙が晴れてくれば、その火力によって大きく抉られた地面が残っている。あの中に人がいようものなら、原形すら残さず破壊され、焼き尽くされていたに違いない。

 兄姉たちの方からは、称賛と羨望の声が上がっているが、当の本人は「気が入りすぎたかしら」などとぼやいている。

 俺はそれを、不思議な光景だなと思いながら見つめる。

 何というか、ここにいる全員の中で、母さんが一番のだ。魔法への関心が薄いというか、それ自体に特別性を見出していない。

 飽きたというのかは分からないが、一番つまらなさそうに、そこに立っている。

 それなのに、当の本人が自分の落ち着きに勘付いていない。大人なのに子供のような、そんな歪みのような母さんを見ながら、俺は思案する。

 母さんが感じているのは、多分魔法への純粋な興味だ。俺と大きな差はない。

 だが彼女は、それを忘れるくらい、魔法に没頭した。そして彼女は、それに見合う力を手に入れたのだろう。

 故に彼女にとって、魔法とは可能性なのだろう。しかし彼女がこの場で見ているのは、ごく普通の、ありふれたものだ。可能性なんてどこにもない、既存の固定観念。

 未だ見ぬ新たな可能性に胸を光らせる彼女にとって、すでに通過点として過去になった光景を見るのは、興味にならないのだろう。

 常に新たな未来を求める。まさに人間らしい、探求の信念だ。

 そして恐らく、母さんという存在が高い壁であるが故に、兄姉たちは母さんの欲求を感じ取れない。自分たちの未来の目標が、さらに上を見据えていたとして、彼らにそこへ辿り着くための術というか考え方があるとはとても思えない。

 要するに、母さんという光源に盲目になり、光源が持つ淀み、つまり現状への諦念に気付くことができないのだ。

 そして俺がそれを気づいたのは、彼らと前提条件が違うからだ。

 まず、俺はこの世界の魔法というものに詳しくはない。よって常識や価値観、到達目標を理解し得ないから。

 次に、母さんの世間の評価や評判をほとんど知らない。つまり母さんに対して盲目になっていないから。

 最後は単純明快。母さんの見つめる先が、俺とほとんど変わらないから。

 俺の見据える先は変わらない。魔法の限界など知らない。故に俺は、自身の欲望によって、更なる先の景色を見たいと望んでいる。


 俺の目標は変わらない。

 それが、母さんの望む世界を見せるのだとしても、誰も文句を言うまい?


   ——————————


 あの後、クレオ兄さんはひたすらに無詠唱の特訓に勤しんでいた。

 姉二人は無邪気に戯れ、それを母さんが、穏やかな表情で見守る。

 時間は穏やかに進み、母さんは束の間の休息を得て、仕事のために英気を養っているのだろう。

 そんな時間の間も、俺はずっと考え込んでいた。

 何より、最も不思議なことが魔法として成立していない。


 何故、魔法式が空間に発生する?


 先ほどの兄さんの時といい、母さんの時といい、何もない空間に突如魔法式が浮かび上がったのだ。

 魔法式に質量があるのならば、無から質量が生まれるために必要なエネルギーが全くない。

 宇宙が生まれたときには、ビッグバンなどと言う途方もないエネルギーが必要だったのだ。そのエネルギーがどこから来たのかが説明がつかない。

 まあ、エネルギーが不足している以上、質量があると言う可能性は逆説的に否定される。

 では一体何故、魔法式は空間に現れる?

 俺はこの体では解決できない問いに対して延々と悩んでいた。

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