第28話.避けられぬ衝突
「理解? 私は勇者様の全てを理解しております! 勇者様は喜んでおります、私にはわかるのです!」
「貴方は、全然わかってない」
「黙りなさい! 黙らないなら私が黙らせますわ!」
しかしここまでか――セルファは防壁を解除して包丁を振りかざした。
同時に俺は二人の間に入り、イグリスフで防御する。
「限界ですね、それでは勇者様、あの人をなんとかしてください」
「フェイ、そんな簡単に言わないでもらえるかな……」
なんとかしたいよ俺も。
……どうしたものか。
「勇者様、どうして邪魔をするのです? まさかその女、勇者様を洗脳する力が!?」
俺もセルファがエヴァルフトに洗脳されてるんじゃないかって思ったけど、お互いに思考がすれ違ってたね。
……いいや、すれ違いは今に始まった事ではないか。俺達はずっとすれ違いながらも、奇跡的に噛み合っていただけなんだ。
「やはり殺すしかありませんね!」
「俺は洗脳なんかされてないよ!」
「いいえ、勇者様はその女に洗脳されておりますわ!」
セルファが動き出す。
俺は苑崎さんの手を引いて彼女と距離を離し、戦闘態勢に入った。
「ああ……以前の勇者様であればイグリスフを私に向けるなど考えられませんわ、恐ろしいですわね洗脳というのは……」
「違う、違うんだよセルファ」
「駄目ですよ勇者様、この人もう言葉が通じません」
そうかもしれない。
――するとその時だった。
「待て……」
空間に亀裂が生じた。
これは……魔物が出現する予兆だ。
「な、なんだ!?」
「魔物が出現します! 気をつけてください!」
セルファが口元を緩めて、石島さん達へ不敵な笑みを見せた。
「彼らには魔物と戯れてもらいましょう」
邪魔になりそうな周りから排除に回ったか。
石島さん達に加勢したいが、苑崎さんの傍を離れるわけにもいかない。
セルファは魔物を召喚するような素振りは見せていない、これはおそらくエヴァルフトが近くに潜んでいると見ていいだろう。
「フェイ、皆の援護をしてくれ!」
「しかし、こちらは大丈夫なのです?」
「俺がなんとかする」
「わかりました、そちらは頼みますよ!」
魔物の数は五体ほど、どれも小型だ。
フェイがいれば大丈夫であろう。
しかしもはやセルファはもう悪役中の悪役にしか見えんな。魔物を差し向けるあたり、魔王と被るよ。
少しは話の通じる子だとは思ったが、怒りに呑みこまれてしまっている。
話すだけ無駄の領域に入ってしまってるかもしれない。
「死んでください、私達の輝かしい未来のために!」
セルファは容赦なく苑崎さんを狙って包丁を向けた。
「やめるんだ!」
イグリスフで防ぎ、包丁の刃を折るつもりで一閃した。
しかし……彼女の持つ包丁は刃こぼれすらしていなかった。
「そ、それは……」
「ふふっ、これはですね、イグリスフ小剣でございますよ」
「イグリスフ小剣……だって?」
「持ち主の望む形に変形できるのですよ」
なんというものを持ってきたんだよ。
神様曰く俺の持つ聖剣イグリスフは、正式にはイグリスフ大剣、他に槍や盾もあるとかなんとか言っていたな。
酔い気味でべらべら喋ってたから本当かどうか怪しかったが、今ようやく証明された。
「勇者様はどうしてもその方のほうが大切なのですね?」
「誰かと比べて大切だとかじゃない、君が彼女を殺そうとするから守っているんだよ!」
「ああ、勇者様が私にはもう恋慕の情がないのならば……」
セルファは俺をじぃっと見始め、唐突に涙を流し始めた。
満ち溢れている殺意に、狂気すら混じっている。
女の涙にこれほどまで畏怖を覚えるとは。
「いっそこの手で殺すしかありませんね……」
「ちょっと落ち着こう!?」
「やばみ」
苑崎さん、やばみどころじゃないよこれは。
「勇者様を殺してその女も殺して、私も死にます!」
「何このドロドロの展開!」
一先ず逃げたほうがいいか……。
「苑崎さん、走るよ!」
「うい」
彼女の手を引いて、この場から一旦立ち去るとした。
魔物も近くにいる中では苑崎さんが危険だ、一度セルファと魔物を離してしまおう。
後ろをちらりと見てみる。
「殺す殺す殺す殺す殺す」
「うぉぉ……」
セルファは公園の木々を破壊しながら向かってくる……実に恐ろしい光景だ。
ああ、公園の管理人さん、申し訳ないです。
「ああもう! どうして逃げるのですか勇者様!」
「そりゃ逃げるよ!」
この状況、どうしようか。
苑崎さんの逃げ足は大したものだが、肝心の体力が追いついていない。
もう呼吸は荒くなっており、肩で息をしている。
体力切れで彼女が動けなくなる前に彼女をどこかに隠しておいたほうがいいかもしれない。
「苑崎さん、ちょっと離れてて!」
「うん」
一度立ち止まり、セルファと対面する。
躊躇無く包丁を向けてくるが、イグリスフで受けて弾き――俺はイグリスフで地面を薙いだ。
「うりゃあ――!」
「くっ……!」
ここは砂を多く含んでいる地面だ、多少えぐってしまうのは申し訳ないが砂埃を舞わせるためには致し方がない。
衝撃も相まってセルファは後退した。
視界も一時的に塞ぐ事はできた、すぐにまた距離を取る。
「ど、どこですか勇者様! 出てきてください!」
ようやくセルファが俺達を見失ってくれたな。
魔力を抑えて感知されないようにしておこう。
そこそこ距離は取れた。
今は建物の影で身を隠す。
「う、運動、不足……」
苑崎さんをこれ以上逃避行に付き合わせるわけにはいかないか。
この建物は管理棟か……?
中に人がいるかはわからないが利用しない手はない。
「君はこの中に隠れてて」
「でも……」
「セルファは俺が引きつけるよ」
笑顔を浮かべておく。
彼女には心配させたくない。
鍵が掛かっていたが、状況が状況だ。
両開きの扉の隙間にイグリスフを入れて、縦に降ろした。
キンッ――と鍵を切断できた音が聞こえる。
「大丈夫、心配しないで」
「……気を、つけて」
「ああ、行ってくるよ」
彼女の気配を感じた。
また近づいてきているな。
俺はすぐに建物から離れて姿を見せる。
セルファの姿を確認した、俺と目が合うや歪んだ笑顔を浮かべていた。
「こっちだセルファ!」
「嗚呼、勇者様!」
予想通り俺には一直線で向かってくるな。
わかりやすくて助かるね。
「勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様」
一目散に逃げてはいるが、背中には俺を呼ぶ不気味な声がずっと届いている。
広い場所に出た、周囲には誰もいない。
ここでなら、思う存分やれるな。
「勇者様、ここを私達の死に場所に?」
「いやそれは違うし、死ぬ殺すって考えからちょっと離れない?」
「私達の未来をじっくりと考えた結果なのです」
「そっからさらにじっくり考えてみようよ……」
君の瞳にはもはや俺達との死しか映っていないのだろうか。
そんな悲観的にならなくともいいだろうに。
「セルファ、一つ教えてくれ」
「はい、最期ですから一つと言わずいくらでもお教えいたしますよ」
最期とか言わないでほしいな。
少し、確認させてもらいたい事があるんだ。
「こんな俺のどこに惚れたんだ?」
「そうですね……。貴方の優しいところ、気遣いができるところ、強いところ、敵であってもいい人ならば取り込んでしまうところ、心も強くくじけないところ――」
「あ、うん、わかったわかった」
俺にもそんな部分があったのかねえ。
自分ではそんなに自覚はないが。
人に優しくしてしまうところは、言われてみれば確かに……といったところだ。
今もセルファをどうにか救えないか模索してしまっている、刃を向けられているというのに。
自分は優しいというより、甘いのかもね。
「勇者様は、私をもう愛してはくれないのですか?」
「わからない。そんな感情が芽生えていたことさえも」
どうなんだろう。
よくよく考えてみれば彼女が相当病んでるのはようやく気付いたけど。それでも嫌いという感情は沸いてはいない。
「やはりあの女が、勇者様の心を揺るがしたのですね」
「彼女は……さあ、どうかな。それすらもわからないね……」
いい子で、守ってやらなくちゃいけないような、危なっかしい子。
でもそんな彼女に、好きという感情は沸いているか?
曖昧だ、何もかも。
その結果、今がある。
わかってる、全部自分が悪い。
「住む世界が元々違う、いつかは離れ離れになる、それは十分理解して割り切ったつもりでした」
彼女は涙を流していた。
自分の感情を抑えられないのだろう。
「それでも私は貴方に救われ、貴方を愛し、尽くそうとしました」
「感謝してるよ」
「貴方と離れ離れになって、私は懸命にこの世界へ来る方法を探したのです。また貴方と共に過ごせる日を夢見て……」
まさか本当に来るとは思わなかったがね。
その行動力は、評価するよ。本当に、心から。嬉しくだって思う。
「ようやく勇者様を見つけて、でも貴方は牙を抜かれたようにただただ日々を過ごすような生活」
「ぐっ、反論できない……」
「私は貴方に、あの勇ましかった貴方に戻って欲しいと……」
「だからって魔物を召喚するのは間違ってるだろう……」
「それにこの世界の者達には勇者様を知らしめる必要がありました、勇者様となればやはり魔物退治でしょう?」
「まあ、そうかもね」
「しかし貴方はあの女と楽しく過ごし始めるときました、これには……怒りを覚えます!」
すると――セルファは動いた。
右足が一歩、彼女は右利き――軸は左足からのはず、ならばあの一歩では攻撃に転じてこない。
二歩目である左足で踏み込み攻撃をしかけてくる、その前に俺は防御の姿勢をとった。
彼女が二歩目を踏むと同時に包丁が振られる、その速さは目でなんとか追えるほど。
「くっ!」
これほどまでに、彼女の攻撃は鋭かったか?
事前に予測して動いていなかったら肉を斬られていたかもしれない。
「全ては勇者様のためだった! 機を見てお会いする予定でしたのに、女を囲見初めて……酷いお方ですわ!」
二撃、三撃、追撃の手はやまない。
「隙あらばゴロゴロ怠けますし、いつからそんな堕落体質になったのです!」
「こっちはこっちで、大変だったんだよ! てか結構前から俺の事観察してたのかよ!」
「勿論!」
頬を掠る。
腕を掠る。
太ももを掠る。
彼女の攻撃は実に的確、少しでも反応が遅れれば掠るだけでは済まされない。
「嘆かわしいです、でもいいの……貴方を殺せばこれ以上堕落することもない。そして私も死んで共に死後の世界へ参りましょう。ああでも少し待ってくださいね、あの女を拷問して殺すまで時間が掛かると思いますので」
「その物騒な思考を働かせるのいい加減やめなよ!」
反撃できる隙はある。
あるのだが――どうしても躊躇してしまう。
聖剣で攻撃してしまうと下手すれば彼女に大怪我を負わせてしまう。本気でぶつかりに来ている相手には加減が難しい。
――だが、やれなくは、ない!
「はぁ――!」
「……やはり、本気の貴方には敵いませんね」
彼女の包丁を弾き、自動魔法防壁を全て破壊する。
首筋へイグリスフを突きつけた、これで終わりだ。
多少鈍っていてもまだまだ俺のほうが強い、わかりきっていた事だがこれほどまでに苦戦するとは思わなかった。
息も荒い、整えるまで少し時間が掛かるか。
彼女は包丁以外での戦いは魔法しかない、だがこうも近接では魔法も役には立たない。
包丁さえ封じてしまえば戦闘は終わりだ。
「貴方に殺されるのならば、本望です」
「殺さないよ……殺せない」
「何故ですか、私を愛してはいないのなら殺せるでしょう? じゃないと、いつか私は貴方か、彼女を殺しにきますよ?」
イグリスフを下ろす。
攻撃できる手段はもう彼女には何もない、今なら無力――
「ふふっ……やはり甘い。甘いですね勇者様、もう手はないとお思いで?」
「何っ!?」
仄かに地面が光を放っていた。
魔方陣が出現している、
空間の亀裂ではなく魔法陣を使うとなれば……上級の魔物か使い魔を召喚するつもりか?
「飼いならしてたのですよ!」
大地も、空気も振動していた――魔法陣は大きく広がり、それはこれから召喚されるものの大きさも表している。
かなり……でかいぞ。
現れたのは――獅子のような体格、角もあり四足で立つ魔物……ギルガだ。
ノリアルでも相当苦戦したやつだ、けど人に仕えるなんてそんなことが出来たのか!?
「さあ、行きますよ!」
彼女はギルガに乗り、手綱を引いていた。使い魔としての調教はばっちりのようだな。
後退して最初の前足の攻撃をかわすが、風圧だけで姿勢を崩してしまう。
「や、厄介な……」
「ギルガ、手加減は必要ございません。相手はあの勇者様なのですからね」
俺を殺すためにここまでするか!?
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