第10話 木々の間の煙の輪

焚火を囲みながら、思い思いの場所で夕食を楽しむ部下たちを眺め、ほうっと無意識に息を吐く。


「だいぶ冷えてきたな」

「うん、でもここはあったかいよ?」


ベルグリフォンの腕の中で、フィリオがくすぐったそうにふふふと笑う。


二人であたる焚火は小さなものだが、少女のぬくもりが内側にあるので、それほど寒さも感じない。背中にあたる冷気に含まれる突き刺さるような視線を無視すればほっこりとした癒しの空間だ。


「どうだった特製シチューは?」

「香辛料? なんか深い味わいでおいしかったな」

「隠し味があるんだよ。もちろんヒミツだけど。いつでも作ってあげるね」

「ああ、ありがと」


白金の髪をゆっくり撫でると、猫のように目を細めたフィリオが振り返って見つめてくる。暗がりの中でも焚火の光を受けて菫色の瞳はきらきらと輝く。


「あのな、お前に話があってな。ほら、今月には成人するだろ」


この討伐に当たる間にフィリオは18歳を迎える。ギリギリまで粘るより先に話してしまおうと意気込んだはいいが、結局言葉は出てこない。

成人前の子供が親の管轄なら、キチンと伝えておくべきだと腹を括る。


「ん? 改まってどうしたの」

「あーうん。そのな、フィリオ…」

「なに、言いにくい話?」


フィリオはベルグリフォンから少し体を離して、しっかりと向き直る。


「お前に、求婚が来てて。その、相手は第四王子のバール殿下なんだが。お前が貴族を嫌ってるのは知ってるが、お前の師匠のエーデットさんも悪い奴じゃないって言ってるんだ。どう、思う?」

「私にその話を薦めるってことは、お父さんは受け入れたんだ? 私が誰かと一緒になって家を出ていってもいいって」


先ほどまで懐は温かかったはずなのだが、一瞬で冷えた。

それほど冷たい声だった。


「私が第四王子と結婚したほうがいいって思ってるんだ?」

「いや、そういうわけじゃ…もちろんお前の気持ち次第で」


恐る恐る視線を上げれば燃えるような菫色の瞳とぶつかった。

いつの間にか、すっかり少女らしい顔つきから女らしい顔つきになっている。

もうすぐ成人するのだから、当然なのだが、頭のどこかでまだ小さい娘のように思っていたのも確かだ。

嫌だと駄々をこねることも、何でそんな話するのと怒鳴るでもなく、静かに沸々と怒っている。


「ベルさんは今日は副隊長さんのところで寝てくださいね」


すくっと立ち上がったフィリオが与えられたテントへとさっさと向かうのを眺めて、がっくりと肩を落とした。


「久しぶりに嬢ちゃんのベルさん呼びを聞きましたね」


成り行きを離れたところから見守っていたはずのフェンバックが苦笑とともに現れた。

フィリオは自分に怒っているときは、絶対にお父さんと呼ばない。他人行儀な呼び掛けをする。

異性との仲をからかったときもそうだし、部下たちと羽目を外してキレイなお姉ちゃんの店で飲んだときもそうだった。


「子供の親離れってのはさみしいもんだな」

「あんたのはちょっと違いますけどね。ま、そう思っておいたほうが平和なのかな」

「は、どういう意味だ」

「それを考えるのがあんたの仕事でしょうが、簡単な道を選んじゃダメですよ」


なんだそれと思いながらも口をつぐむ。フェンバックが答える気がないのはわかっていたからだ。


「お前のとこで寝ることになったんだ、ついでに胸貸せ」

「げ、冗談ですよ、何が悲しくてオッサン同士で抱き合って寝なきゃならないんだ」

「お前が貸すって言ったんだろうが、責任とれ」

「絶対、お断りです!」


不毛な言い争いはしばらく続くのだった。

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