第7話 アポなし訪問ダメゼッタイ


「え、ディアナ嬢もいるの?」


 目の前の、美少女の如き少年の顔が不安そうに揺れた。え、まさか。


「そうだけど。今日はディアナ嬢の頼みなんだ。言わなかったっけ?」


「聞いてないよ。てっきり今日来るのはランドルフだけかと思ってたし……」


 そのまさかでした。うん、おかしいと思ったもん。

 今私は殿下の付き添いのもとリチャード様のお屋敷に来てます。リチャード様はてっきり殿下だけが来ると思っていて、私までいるとは思わなかったみたい。


「ご、ごめんなさいリチャード様。私やっぱり帰りますね」


 正直大して仲良くないし、むしろ未だにちょっと嫌われてる気がする。そんな人が家に来るのなんて苦痛でしかないもんね。分かるよ。だから大人しく帰るからね。うん、ちょっと泣きそう……。


「あ、待って。そう言う意味じゃないよ! えーと……ディアナ嬢が来ること知ってたら、もっと綺麗にさせてたのにって意味だから。書斎は結構散らかってて……あ、その、大丈夫だからね」


 リチャード様は慌てたように私を引き止めてくれた。苦し紛れの理由を添えて。本当は嫌だろうに……いい人だなぁ。


「ん、じゃあ早く行こう」


 心の広いリチャード様にしみじみしていた私を、殿下の淡々とした声が両断した。元はと言えば貴方のせいなんですけど……。殿下はもちろん何の悪びれもない。このガキ大将め。


 私達三人は一度屋敷を出て、隣の別棟の前に来た。


「もしかしたら父の門弟の人がいるかもしれないけど、気にしないでね」


 リチャード様はそう言って、建物の鍵を開けた。

 建物の中は、沢山の本棚があって天井までぎっしりと本が収められていた。書斎ではなく、これはもう立派な図書館だ。中央には立派な長机と椅子があって、リチャード様が言っていた通り医師団の制服を着たお弟子さんらしき男の人が熱心に調べ物をしていた。


「あ、坊ちゃん……とランドルフ王子ではありませんか! その隣は……殿下のフィアンセのディアナ・ベルナール嬢ですね! 初めまして!」


「はじめまして。お勉強中にお邪魔してすみません」


「いいえ、お構いなく! ちょうど休憩しようと思ってましたので!」


 お弟子さんはそう言うと何冊か本を持ち、早々に図書館から出て行ってしまった。気を遣わせてしまったかな……。



「それで、何について調べたいの?」


 リチャード様は本の配架図を広げて私に聞いた。まさか一緒に探してくれるのかな。こんな膨大な数だと一人じゃ何日泊まり込んでも見つけられないだろうから助かった……。


「えっと、エダのカナボウだったかな」


枝葉健忘しようけんぼうね」


 殿下が被せ気味に訂正してきた。


「それです! シヨーケンボーです!」


 殿下は私の方を一瞥し、わざとらしく溜息をついてきた。うーん、結構いい線行ってたと思うけど……。


「それなら脳の分野かな。僕もあんまりよく分からないけど、三階にあると思うよ」


 リチャード様は配架図にささっと目を通して、ありそうな場所を見つけてくれた。本当助かる。


「ありがとうございます! 助かります!」


 私は感激のあまりリチャード様の華奢な手を両手で掴み、がっしりと握手してしまった。手ちっさ! 可愛い! ……って私がデカイのか。リチャード様は未だに男の子だなんて信じられないほどの可愛さだよ。いい人だし。


「い、いやまだ僕は何もやってないよ。とりあえず三階へ行こうか」


 私のとっさのセクハラが余程気持ち悪かったのか、リチャード様は目を反らし早口でそう言い、一人足早に螺旋階段を登り始めた。また怖がられるようなことしちゃったな……。

 私はリチャード様の背中を眺めながら階段を登り始めた。すると後ろからも足音が聞こえ振り返ると殿下が居た。


「え?」


「何?」


「いえ、てっきり殿下は戻られるのかと……」


 実はここまで付いてきてくれたことも予想外だった。だって完全に私用だし、殿下には関係ないし。てっきり最初の付き添いが終わったら、王宮に帰るのかと思ってたよ。


「ここで待ってるの退屈だしね。……私が居たらだめなの?」


「いいえ、ありがたいですけど……」


「ほんとかなぁ」


 殿下の声色には棘があって、不機嫌そうだ。そんなに面倒くさいなら帰っていただいてもいいのですが……。私は前後に微妙な距離を取りながら階段を黙々と上がることにした。

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