第13話 文字

「失礼します」


 扉を大きく開いてくれた真奈に促されて中に入ったが、俺以外は入れたくないようですぐにパタンと閉めてしまった。

 鍵までかけてしまう念の入れようだ。

 ユーノくらいは入れて欲しいのだが、それを言うと断られてしまった。

 あまり二人きりにはなりたくないのだが仕方がない。

「朝食をどうするのか」とか、色々確認事項はあるが出来るだけ俺が聞いておこう。


 真奈の部屋は俺の部屋より広く、豪華な印象だった。

 ベッドも大きく、家具も充実している。

 椅子の座面の厚みも違うのでは?

 あんなにフカフカ……。

 デスクワークをしている時に痛くなる俺の尻が不憫だ。

 俺の扱いって一体……と若干切なくなったが、ミソッカス王子より聖女様の方が尊いのは確かなので仕方ない。

 それにアルヴィンあたりが張り切って用意させたのだと思うので、扱いの差はあって当然だ。

 ドレスなんかも馬鹿ほど用意しているのだろう。

 真奈がそういうのを喜ぶタイプだとは思えないが……。


「神殿の部屋より広くなりましたが、こちらの部屋は気に入って頂けましたか?」

「そう、ね」


 肯定したが、目が泳いでいるし気に入っている様子には見えない。

 気を使ってくれたのかもしれないが、態度は正直で笑ってしまった。


「あまり好みではありませんでしたか」

「……豪華過ぎて落ち着かないの」


 分かる。

 俺も落ち着きのある和室や畳が恋しい。


「シンプルな方が好まれますか」

「そうね」

「服も落ち着いたものの方が好みなのでしょうか」

「うん。ヒラヒラキラキラしているのはお姫様のコスプレって感じ」


 あはは、と笑いそうになってハッとした。

 先程トラップを食らったばかりだからか俺は冴えている!

 この世界では衣装を着て楽しむことはあるかもしれないが、『コスプレ』という言葉はない!

 わざとらしく質問する。


「コスプレとは何ですか?」

「コスプレ、こっちの世界では通じないんだ? 職業やキャラクターの衣装を着て、なりきって楽しむことよ」

「そのようなことがあるのですか」


 ほーっと頷く。

 知っているけどな!

 そうだ。

 文字の読み書きについて確認しておこう。

 先程の「面会謝絶」を再び出して確認する。


「これは聖女様の世界の文字ですね? 昨日の俺が書いた手紙は読めましたか?」

「読めたけど書くのは無理みたい」

「ではどうしてこの字で書いて渡してきたのですか?」

「この世界の人に私の世界の字が読めるのか気になったから試しただけ」


 なんだと……それなら普通に聞いてくれ!

 何か意図があってのトラップかと思ったじゃないか!

 嘘をついている様子はないが、本当に単純に気になっただけか疑わしい。

 前世の俺はすっかり欺かれたからな……。

 とにかく気をつけていこう。


「?」


 ふとサイドテーブルの上に置いてある紙に目が止まった。

 よく見ると、そこには『エドワード・アストレア』と俺の名前が数回書かれてある。

 なんだこれは?


「そ、それは!」


 俺の視線の先にあるものに気づいた真奈が慌てた様子で前に回り込んで来た。

 視界を塞ごうとしているのか?

 俺の方が背が高いから丸見えで壁になれていないのだが……。


「こ、こっちの世界の字を覚えようと思って練習していたのっ! ほら! 昨日くれた手紙に名前を書いてくれていたでしょ!? だからお手本にしたのっ!」


 しどろもどろになって説明するが、そんなことより顔が真っ赤なのが気になる。

 何を照れているんだ?

 これを見た時、小学生とかがする「好きな子の名前を意味なく書きまくる」という狂気と紙一重の奇行みたいだなあと思ったのだが……本当にそれだった?

 いや、「聖女様ってば俺の名前を何回も書いて、俺のこと好きなんだな!」って勘違いされたかも!という羞恥?

 そうだとしたら、そんなこと思わないから大丈夫だ。

 大体真奈がそんなことするわけ………………ないよな?

 耳まで真っ赤だが、まさかな?

 ……深くは追求しないようにしよう。

 それがお互いにとって最善な気がする。


 ちなみに前世の俺は文字を覚えたときに真奈の名前を紙に書けるだけ書いたさ!

 母さんの引いている顔も覚えている。

 そんな記憶は消去して……。


「そうでしたか。とても上手に書けていますよ」


 気にする素振りを見せずに返すとホッとしたのか、体温上昇も落ち着いたようだった。


「暑い? ちょっと窓開けるね」


 真奈が窓を開けに聞く。

 その隙を見てサイドテーブルをもう一度見る。

 俺の名前が書かれている紙の他にもう一枚あって、こちらは長文の日本語だったので気になっていた。

 書き出しは……。


 ――女神様の世界に来たみたい。夢だと思ったけれど夢じゃない。


 真奈の日記のようなものだろうか。

 人の日記を見るなんて悪趣味だ。

 すぐに目をそらしたが……気になる。

 悪いと思ったが、こっそり続きを読んだ。


 ――夢じゃないなら、女神様は本当に私の願いを叶えてくれるんじゃないかと思ったけれど……神殿の人は私のように異世界から来た人はいないという。やっぱりいない。帰りたくなったけれど、帰っても会いたい人はいない。会いたくてたまらない。悲しくて泣いてばかり。


 会いたい人に会えないという悲しみが綴られていた。

 読んでいると胸が苦しくなるような悲哀を感じる。

 女神様に願ったことも書かれてあるが、その願いとは会いたい人に会わせて欲しい、だろうか。

 続きに目を向ける。


 ――泣いてばかりで何もしたくなかったけれど、何故か心が軽くなることがあった。この国の王子様、エドワード・アストレアという人に会うと……。似ていないのにそっくり。初めて見たときは遥に見えた。びっくりして、嬉しくて。でも違った。がっかりしてまた悲しくなったけれど、一緒にいると何故か悲しいのが消える。遥じゃないのに一緒にいたいだなんて、遥は怒るかなあ。


「…………」


 えーと……色んな想いがぐるぐる回るが……まずは怒ったりはしないぞ?

 エドも遥も俺だからな。

 というか、俺が転生した久我遥真だと気づいたわけではないようだが、似ていると感じたのは凄いな。

 でも死に別れではあるが真奈は浮気をしていたし、別れている状態なのだから怒る権利もないだろう。

 どうして俺が怒るかなんて気にするんだ?


 それより一番気になるのはこの文面をみる限り、真奈は凄く俺のことを想っているように見えるのだが……?


「どうし……あっ!」


 混乱しすぎて日記を凝視していると真奈に気づかれてしまった。

 絶賛混乱中ではあるがとにかく取り繕わなければ……!


「すみません、勝手に見てしまって。聖女様の世界の文字は複雑ですね。同じものがあまりないようですが、覚えるのが大変では?」


 俺、イセカイノモジ、ワカラナイ! アピールだ。

 すると真奈はまたホッとしたようで強張っていた顔が緩んだ。


「成長する過程で覚えるから大変ではないわ」

「そうですか」


 よし、誤魔化せた!

 俺が字が読めると疑ってもいないのか日記もそのままだ。

 まだ続きがあるから読んでしまおうと思ったのだが、ベッドに腰掛けた真奈に呼ばれた。


「ねえ、こっちに来て」


 日記に後ろ髪を引かれるが、言われるまま近づき真奈の前に立った。


「ここ、座って」

「出来ません」


 真奈が『ここ』と言ってパンパン叩いているのは真奈の隣、つまりベッドだ。

 ソファも椅子もあるのにそこに座るのはまずいだう。

 そんなことより俺は日記のことが気になっている!


「なんで?」

「説明が必要ですか?」


 少し意地悪な言い方をすると、真奈が口を尖らせた。

 こういう子供っぽい表情は見慣れない……というか、初めてかもしれない。

 前世では口を尖らせていたのは俺の方だった。

 今のようにやっぱり前世では騙されていたんだな、と思えることを見つける度に胸に黒いものが湧く。

 俺のことを想っているような文面の日記も何かのトラップかもしれない。


 ここに長居をしてはいけない。

 本来の目的を果たしてさっさと出て行こう。

 そうだ、今日こそ孤児院に行くぞ。


「俺は連絡に来ただけです。要件が済みましたらすぐに帰ります。今日は母上、この国の女王が聖女様に面会に来ます。兄のアルヴィンも同席するそうです。時間は――」

「嫌」


 最後まで言わせてくれよ!

 取りつく島もないな。


「私、外面と顔のいい奴って大っっっっ嫌い!!」


 それはアルヴィンのことか?

 奇遇ですね! 俺もです! と言いたかったが、やけに憎しみが篭っているのが気になった。

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