第15話  2007年10月4日

 僕はゆっくりと目を覚まして、自分が「タイムマシン」金属の狭い筒の中にいることを確認した。腰が痛いのはシートが良くないんだろう。まあいい。肩掛けカバンに手を入れて、封筒越しに札束に触れる。

コンソールの数字は2007:10:04を示している。戻ってきたのだ。


 前席の京子は寝ていた。足でつつくようにして起こそうとするが起きない。

過去に行くのときの自分もそうだったが、薬を飲まないでタイムトラベル中に意識を失う方が意識に長い影響を与えるようだ。


 僕はハッチを開け京子の家の庭を確認する。出行く前と何も変わっていない。良く晴れた午後。雑草に負けそうになっているツツジの木を見ながら京子が起きるのを待つ。


「長井」黒い金属の筒、タイムマシンの奥底から寝ぼけたような声が聞こえた。

「お金はある?」

「そりゃあるよ」

「よかった。私んちの風呂使って良いよ。タオルも。着かえはないけど」と言って、京子はまた寝たというか、意識を失ったようだ。


 ちょっと考えて、京子を筒から引っ張り出す。フラフラの京子に肩を貸して、玄関のカギを出してもらって玄関からリビングに連れて行ってソファに寝かす。

「ありがと。ちょっと休めばよくなると思う」


「とりあえずさ、100万もって家帰るよ。シャワー浴びて、ちょっと疲れたから、俺も家で寝る。明日また連絡するよ。おだいじに」

 590万円の半分は295万円だけれど、100万円だけ肩掛けのカバンいにいれて、残りを京子に預け、僕は京子の家を後にした。


 歩いて家までの道は来るときと何も変わっていない。実は2日ほど年を取っていて、100万円儲けたなんて、誰も知らない。


 僕の家は変わらずで、もともと高度成長期に入ってきた第一住人の住宅の建っていた土地を分割してできた家だから狭い。玄関のポーチを上がり、鈍い銅色のドアを開けようとする。鍵が閉まっていて、ガチョンを立てて開くことを拒否された。面倒だがインターホンを押した。母親がたぶん居る。


「どなたですか?」

出てきた女性は見知らぬ人だった。猛烈に嫌な予感がし始める。

「こちらは…、この家って長井さんのお宅でよろしいでしょうか?」そう聞く。

「そうですが。そちらは?」

出てきた女性は本当に一定以上、自分の母親に似ていた。知らない街で見かけたら、近づいていって背中を叩こうかってくらい。でも、どこか自分の母親ではなかった。


「いえ、良いんです。こちらに息子さんはいらっしゃいますか?」

「子どもはおりません」

この辺りから相手の表情が硬くなって、警戒を始めたことが分かり始めた。


「すみません、小学校時代の同級生の家かと思いまして」

僕は最後まで名乗らずに家を後にした。


 パニックが口元まで迫ってくる。油断すると声を上げそうだ。おれのパソコン(エロ動画も入っている)、PS2、クタクタの布団、全巻集めた寄生獣、ドラゴンボール、スラムダンクの漫画、どうなるんだよ。全部この家にあるはずだった。でも今、ここにはもうないだろう。父親と母親と弟も。


いや、それよりも目の前の女性みたいな、「母親に似ているけどちがうおばちゃん」「父親に似てるけど違うおっちゃん」みたいなのがいることが苦しかった。深い断層がある。おれと、この家との。


 肩掛けカバンの100万円。それしかない。他のなにもない男がここに居る。


 自分の家が見えなくなる地点まで歩いて、京子に電話をかける。すぐ出た。

ここでもNTTドコモは現役なようだ。ドコモは良いから俺んちがそのままでいて欲しかった。

「どうしたの」

「どうしたもこうしたもないよ。おれんちがない」

「……どゆこと」

「家から知らないおばさんが出てきて、この家に子どもはいないって」

「……とりあえずうち来れる?」


 ほかにどこに行けばいいってんだ?タイムトラベルして来たら家がなかったですって?話せる相手が元凶くさいがとにかくそいつの家に行くしかない。

 

 バックトゥザフューチャーでは過去の時代から帰れなくから帰れなって、必死にもとの時代に帰った。しかし帰ってきた時代・世界に自分の居場所が無かったら、どうしたらいいんだ?

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