第7話 黒い筒

 ハッチは黒く口を開けている。ぼくの立っているところから中は何も見えない。それほど明るくない庭で、幼馴染の女の子(といっても23歳)がニコニコと笑いながら、数メートルもある黒い筒を指さすのは、正直いって非日常というか、不穏だ。


「これに入れっていうの?」そう聞くと京子は口の端をちょっとだけ上げて笑みを作った。彼女がそのまま手を直径40センチくらいのハッチの中に突っ込むと、パチリと音がして中に明かりが点いた。中を覗き込むと、意外と明るい。ディスプレイみたいなものが正面にあって、スイッチやなんやらで一杯。

 ハッキリわかったことがある。こんな数メートルもする物体を作って自宅とはいえ庭に置くのは、冗談や、ちょっとした妄想では済まない。たぶん重度の妄想と、京子が子どもの頃から見せていた”異常な行動力”が組み合わさってできているのだろう。


「まず私が入るからさ、あとから入って来て」そういって京子は足をかけて中に入っていった。

 

 正直さ、このまま逃げてしまおうかって思ったよな。でも、そうしなかった。

「来ていいよー」という平静な声を聞いて、ぼくは足からその「タイムマシン」に入って行った。


 中は窮屈。タンデムの座席は粗末。キャンプ用品でつくったの?みたいな布とパイプで出来ていた。

「これ、後ろの人がいると前の人は出られなくないか?」そう聞くと前席の京子はこちらを振り返って答えた。

「一応、前席も横が開くんだけど、開けた後閉めるの大変だから、あんまり使わない」


 京子は前席でもぞもぞしながらスイッチやパネルをいじりはじめる。モニタを確認してまた後ろを振り返って口を開いた。

「ハッチ、閉めて」

「待ってよ」即答した。無理でしょ。「乗ったけど、動かさないでくれよ」

 京子は少し黙って、少し息を吐いた。

「はいはい、用心深いね」

 当たり前だろと思うけれど、反論はしない。


「出るよ」といって、僕はハッチを抜けた。少しして京子が出てくる。

「というわけでさ、これがタイムマシン」黒い筒に片手をついて、京子はぼくをじっと見ている。「私としては、これに乗ろうと思ってるの」


 そうなんだろうな。これは”重度の妄想”なんだと思うんだよ。でもそれにしても手が込みすぎていて不安になる。

「そう。今日はもういいかな。そろそろ帰らないと」

 そういって、京子の顔を見た。京子はぼくから目線を外さない。ずっと、僕の目を見ている。

「少し話があるの。約束通り1万円は渡すから、部屋で話そうよ」

 ここで拒否すべきか、すこし悩んだ。

「いいよ」

 そう返答すると、京子は明らかにホッとした顔をしていた。


 庭を後にするとき、黒い筒の”タイムマシン”を振り返って見た。庭の一角に大きな面積を占めて鎮座しているそれは黒光りして、異様な存在感を放っていた。


 何に似ているのか、考え続けた。

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