第4話 弾道飛行

 最悪だよ。タイムマシンか。江上はきっと、”統合失調症”なんだよな。真っ向から否定するとまずいんだろう。


「江上、今日はありがとう。ただ、今日ほんとに、予定が」

そう刺激しないようにいうと、江上の顔つきが変わった。怖いよ。

「だから露骨に嘘つかないで。わかった。わかったよ。今日1日付き合ってくれたら1万円あげるから」

 お金には本当に困っていた。最後にやったバイトはポスティング。日給で6千円くらいだ。1万円は大きい。


「今あげてもいいけど」

顔に出たかな。提案を受け入れた前提で江上は話を続けた。

「あとでいいよ」といって、ぼくは江上京子にもう少しだけ付き合うことにした。


「じゃあこっち」といわれて彼女の部屋を出ると、確かおばあちゃんが暮らしていた部屋に連れていかれた。畳敷きの部屋は変なガラクタで一杯で、人が暮らせる空間はない。

 

 部屋の真ん中、わずかなスペースにはかなり大きい、70cm四方くらいのガラスケース。五月人形か模型でも入ってそうだけど、中には金属でできた台座みたいなのがあって、小さな鉄塔のようなものが立っていた。

「これ」と江上はいった。

 あらかじめ置かれているあたり、芸が細かいのがとにかく嫌な感じだ。手の込んだ妄想に付き合って、ぼくはどうなるんだろう。


「なにかわかる?」そりゃタイムマシンなんだろ?

「タイムマシン?」

「ぶぶー!タイムマシンはこっち!」


 だいぶイラっとさせてくれるしゃべり方だけど、そういってガラスケースの横に置いてあった銀色のアタッシュケースみたいなカバンを開けると、中には黒い筒がクッション材に包まれるようにセットされていた。


「これを私たちは『飛翔体』って呼んでる」

そういいながら、京子はアタッシュケースから黒い筒を取り出した。30cmくらいの茶筒のようなものの前後をすぼませた、紡錘形の塊だった。ひょいと持ち上げるところを見ると、素材は金属ではないのか、中が空になっているのか。“ひしょうたい”ってなんだよ、“飛翔体”だとしたら、これ、飛ぶの?


「こっちは発射台で、ここにセットする」

ガラスケースを上にあげて小さな鉄塔みたいな所に黒い筒を置きながらそういわれると、ミニチュアのロケット発射台に、真っ黒で安定翼とかのない、紡錘型のロケットが置いてあるように見える。


「飛翔体に発射台って、北朝鮮のミサイルじゃあるまいし、それ飛ぶの?」

「だから、タイムマシンだっていってるよね。そりゃ飛ぶでしょ」

なんでこんなに物分かりが悪いんだって顔してるけどさ、これ絶対ぼくの反応が正しいと思うんだよな。確かにドラえもんもバックトゥザフューチャーでもタイムマシンは飛んでたけどさ。だいぶ趣が違うよこれ。


「いいから見ててね」

そういって『発射台』の基部についたボタンらしきものを押すと、ブンというような振動音が聞こえてから小刻みに黒い筒が震え、数秒後、跡形もなく消えた。


「ほら!見た?」

興奮気味にぼくの顔を見る京子。これは確かに、原理がわからない。

「あの黒い筒はどこへ行ったの?」

「弾道飛行中。ちょっと手を貸してよ」

あくまでもロケット用語で話すんだな。なにが弾道だよ、消えただけだ。京子はガラスケースを外して中に手を入れるように促した。たしかに、ガラスケースを外された『発射台』にはさっきの黒い筒を隠せるような場所はない。そうすると、ガラスケースかな。


「ガラスケース見せて」

そういってガラスケースを見て触っても、ガラスの薄さは1cmくらいだろうか。厚いが単なるガラスケースで、ここに隠せるとは思えない。


「戻ってくるから、ちょっと見てて」

京子は真剣な目でぼくを見た。

「30秒前…10、9…2、1、0」

時計を見ながらカウントダウンが終わると、ガラスケースが外れたままで、何もなかった『発射台』に黒い筒が現れ、カツンと音を立てて転がった。上から落ちて来たとかじゃない。それは絶対に違う。


「どうなってんの、これ」

結構、驚いている。明らかにぼくにはトリックが見破れない現象が起きている。

「だからさ、何度も話してるよ。これがタイムマシン。過去に飛んで、今戻って来た」


 少し安心した。これなら多分、ぼくに危険はない。何だかわからないマジックができる幼馴染の女の子と話して、お金を貰う。こんな楽なバイトは無い。たとえ”統合失調症”であっても、最悪腕力で勝てるだろう。刺激して刃物とかを出されなければいい。


「弾道飛行っていうけどさ、あんまりロケット的な動きじゃないね。消えただけだし。それにこの大きさだと、このタイムマシンには乗れないね」というと、江上はにこやかに笑った。

「大きいのは家に入らないから、庭に置いてあるの。それに乗る。これからこの小型版で操作とかいろいろ説明するから」

 京子の目は完全に真剣で、知性があるように見える。こりゃあマズいことになったかなと僕は思い始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る