第6話 地下五層の来訪者

 地下五層に下りる早々、私たちは大休止を取った。

 眠気に任せて眠った早々、私はヴァンに起こされた。

「なに、魔物?」

「もっとタチが悪い。冒険者狩りのご一行様だ」

 ヴァンが面白くもなさそうにいった。

「あー、はいはい。このくらいの階層になると、急に増えるんだよね」

 私はそっと寝袋を出ると、拳銃を手に様子を窺った。

 このテントを覆っている結界の光は、表からは見えない。

 見た目は、なにもない通路があるだけだった。

「相変わらず、無駄に立派な武器と防具だこと」

 私は拳銃のスライドを引いた。

 冒険者狩りとは、そのまま冒険者を狩ってあるく輩の事だ。

 迷宮を歩くに当たって、実は魔物より厄介なのがこいつらだった。

「気付かれてはいないね……」

「当然だろう、相手に気の利いた魔法使いでもいない限り、この結界には触らない限りまず分かるまい。大したものだよ」

 ヴァンが小さく笑みを浮かべた。

「ありがと。さて、どう動くかな……」

「いつも通りだ。通り過ぎたところを、背後からズトンだ。俺はいつでもいいぞ」

 ヴァンが杖を構えた。

「はいはい……。普通の革鎧だし、九ミリでいけるか」

 それがユニフォームだといわんばかりに、全員覆面の輩が五人。不意を突けば、どうということはないだろう。

 冒険者狩りをやる連中の事を、村の冒険者の間ではゴミと呼ぶ。

 こういったゴミを掃除するのも、冒険者の常識とされていた。

「合図でいくよ……はい!!」

 私とヴァンは結界から飛び出ると、たった今私たちの横を通り過ぎていった冒険者狩りご一行様を後ろから狙った。

 私はたちまち三人を撃ち倒し、ヴァンは……飛び出るだけ飛び出て、なにもしなかった。

「な、なんだ、どっから出やがった!?」

 焦る残り二人が戦闘準備を整える前に、私はさらに二人を撃ち倒し戦闘とも呼べない戦闘は終わった。

「悪いね、冒険者狩りの連中には卑怯もなにもなくてね。これ、常識だから」

 私は銃口から硝煙漂う拳銃をホルスターに収め、床に倒れた五人の体を引きずって並べた。

 迷宮の生き物ではないので、勝手に消えてしまう事はないが、だったら迷宮の生き物に処理してもらうだけだ。

 並べるついでに、身につけていた鞄や背嚢から使えそうなものをかき集め、ついでに財布も失敬すると、纏めてマジックポケットに入れた。

「フン、どっちが悪者か分からんな。まあ、いつもの事だが」

「置きっぱなしにしても、他のパーティに漁られるだけだよ。だったら、給料くらいもらってもいいでしょ?」

 私は笑みを浮かべた。

 一端結界を解除して内側に入ると、また結界を張って小型の携帯コンロに火を付けた。

 程なくお湯が沸くと、私はお茶を淹れて一息吐いた。

「飲んだらもうちょっと寝るよ。まだ眠い……」

「うむ、まだ三十分くらいしか経ってないからな。とんだ客人だった」

 ヴァンは私の枕元で丸くなった。

 何もしていないようで、周辺警戒はバッチリ。

 これが、ヴァンを頼る理由の一つだった。

「よし、お茶も飲んだし寝よう。さすがに、眠い」

 私は再び寝袋に収まった。


 特にこれといった公式ルールはないのだが、私は大休止の睡眠時間は二時間と決めていた。

 睡眠というよりは仮眠に近い休憩を終え、私はテントを片付けた。

 広くなった結界内で食事を作り、ヴァンには猫缶という便宜的な朝食を済ませ、私は最後に結界を解除した。

「よし、キャンプの痕跡はないね。さて、地下五層も最短で抜けるよ」

「うむ、それがいいだろう。この魔物の数ではな」

 私はアサルトライフルは切り札的なものと考え、残弾数が豊富な拳銃をメインと考えていた。

 手に拳銃を持った私は、ヴァンを肩に乗せて地下五層の通路を歩いた。

 ここは初心者向け折り返し地点ともいわれ、ここまでで限界間近なら素直に引き返すべしとされた階層だった。

 今の状況では、それはもっと上の階層になってしまっただろうが、また迷宮の気まぐれで元に戻る可能性もあり、なかなか面倒なところではあった。

「おい、なんかくるぞ。ボサッとするな」

 ヴァンの声で、私は我に返った。

「バサバサいってるね。また、コウモリかな……」

 私は拳銃を構え、それがカンテラの明かりの中に浮かぶのを待った。

「違うな。この羽音は……スタンド・アイの可能性が高い。俺の出番だな」

 ヴァンが杖を構え、小さく笑みを浮かべ。

「うげっ、スタンド・アイって初遭遇の時に私が死にかけたアレじゃん!!」

 スタンド・アイとは、眼球に翼がついて飛んでいるような魔物だが、弱いながらも攻撃魔法を使い、十体前後の団体で行動するのが特徴だ。

 私はこれに初めて遭遇した時、攻撃魔法の集中砲火を浴びて、危うく死にかけたという逸話があり、どうにも苦手な相手だった。

「ヴァン、頼んだ」

「フン、たまには飯代くらいは働いてやろう。あんなギョロ目程度で、ガタつくな」

 ヴァンは杖を構え、明かりの光球を無数に撃ち出した。

 通路がものすごい明るさで照らされ、迷宮の闇に慣れた目には痛みを伴う程だった。

 それは魔物も同様だったようで、悲鳴を上げながら壁や天井にぶつかり、中には味方同士で反射的のように使った攻撃魔法で撃ち合って果てるものもいた。

「……二十体だな。キリがよくていい」

 ヴァンはさらに呪文を唱え、大混乱の魔物の群れに無数の氷柱を飛ばした。

 それに射貫かれた魔物は、血しぶきを上げながら床に落ち、のたうち回った。

「仕上げはお前がやれ。床に落ちてるのを、ただ撃つだけだ。猫缶のグレードが黒印なら、この程度だろう」

 ヴァンが小さく笑った。

「そ、そうだね。撃つだけか……」

 私は笑みを浮かべ、拳銃で床に落ちた全ての魔物にトドメを刺した。

「さて、いこうか。先は長いぞ」

「そうだね、元々ここは通過階だからね」

 通過階とは、特に何もなく、ただ通り過ぎるだけのフロアの事をいう。

 私がしつこく探してもなにもなかったので、ここは通過階と認める事にした。

「ならば、最短コースだ。なんなら、壁に穴でも開けるか?」

「ダメ、それは反則だから!!」

 ヴァンは笑い、私の肩の上に乗った。

「よし、いくよ」

 私は拳銃を片手に、地下六層への階段を目指した。


 通過階の全てがそうではないが、なにもないくせに広いという特徴がある。

 この地下五層もそうで、道を熟知していなければ袋小路の連続で嫌気が差していただろう。

 その点、この辺りは庭のような私なので、何の問題もなく進んでいたが、それでも広いものは広いので面倒ではあった。

「あと半分くらいだね。楽といえば楽だけど!!」

 私はカンテラの明かりの中に出現した、オーガという魔物に銃弾を叩き込んだ。

 オークと似たようなものだが、体格は倍以上に大きく、この迷宮の中では単独で出現する事が多い。

 私の放った拳銃弾は、オーガの眉間を貫いた。

「これで何匹目かねぇ……」

 私は足を止めて呼吸を整えた。

「うむ十五体目だ。デカいだけで怪力以外なにも能がない。俺の出番ではないな」

 肩の上でヴァンがあくびをした。

「なのね、なに一人で暇こいてるのよ」

「まあ、猫の手でも借りたくなったらいってくれ。気が向いたら、なんとかしてやる」

 ヴァンは私の肩の上で、器用に目を閉じた。

「ったく、これだからもう……。いいけどね」

 私は苦笑した。

 倒したオーガの体を乗り越え、私は通路の先に急いだ。

「目標変更。とりあえず地下十層まで下りてみて、変化の傾向を見るよ。これじゃ、どう頑張っても地下三十層なんて難しいから」

「それがお前の判断なら、俺はいうことがないな。個人的な見解を述べれば、妥当な判断だと思うぞ。伊達にここに潜っているわけじゃないな」

 ヴァンが小さく笑った。

「ソロでやってるとね、どうしてもこういう事が起きるけど、パーティーを組んでたらもっと大変だよ。いざって時に撤退出来ないから。だから、パーティーは組まない主義なんだよね」

 私は笑った。

「ついでにいっておくと、村に戻るなら防具もしっかりしておけ。せめて革鎧くらいは着ておかないと、生傷が増えるだけだ」

 私が装備している防具といえば、普段着の下に着ている防刃ベストくらいだ。

「軽くないとダメだよ、動けないから。ミスリルのブレストプレートとか買っちゃう。前から欲しくてね」

 私は笑った。

 全身を覆う金属鎧をフルプレートというが、それの胴体だけの部分を切り取ったような鎧がブレストプレートだ。

 いくらなんでも、鋼製なら二十キロ以上もあるフルプレートを身に纏うというのは、現実的な話ではなかった。

「フン、カネがあるなら買えばいいさ。それにしても、お前の普段着って魔法学校の制服だろう。卒業して二年も経つのに、いつまで着てるんだ」

「いいじゃん、頑丈で破けにくいし高かったんだから。着るものには頓着しないの」

 私は笑った。

「まあ、いいがな。そんなことより、地下十層までならそれで、ちゃんと装備を確認しておけよ」

「いわれるまでもなく。それじゃ、いくよ」

 私たちは、さらに地下五層を奥深くまで進んでいったのだった。


 しばらく進んだ頃、ヴァンが一声発した。

「小休止だ。ちと進みすぎたがな」

 私は素直に聞いて、通路に腰を下ろした。

 携帯用コンロでお湯を沸かし、お茶を飲んで一息していると、ヴァンの耳がピクリと動いた。

「ん、魔物?」

「いや、この足音は人間だ。数は一名でかなりの深手を負っている。俺はどっちかっていうと、攻撃専門に近いからな。ここは、お前の出番かもしれん」

「こら、知ってるでしょ。私は攻撃と回復は使わないって」

 私は苦笑した。

「本人をみてそういえるか。力あるものは、適切にそれを使う義務がある。魔法の教科書の見開き一ページ目を読み上げようか?」

「いいよ、分かってるから。私は不適格。だから、使わない。それだけの事」

 私の言葉に、ヴァンは鼻を慣らして答えた。

 しばらくすると、何かを引きずるようにして、一人の冒険者がやってきた。

 カンテラの明かりではよく分からなかったので、私は適当に光量を絞った明かりの光球を打ち上げた。

「お、おっと!?」

 今にも倒れそうで、全身ボロボロで杖にすがるように歩いてきたのは、確かに一人の冒険者だった。

 杖がある事から考えて、私やヴァンと同じような魔法使いであることは明白だった。

「ど、どうしたの!?」

 私は立ち上がり、その人を抱きかかえるようにしてとめた。

「ごめんなさい、目があまりよく見えなくて……」

 その冒険者は私に笑みを浮かべた。

「そっか、とにかく横になって」

「はい……」

 私はその冒険者を床に寝かせた。

「酷い火傷だね。なんか、変な罠でも作動させちゃった?」

 私は傷の程度をみながらいった。

 正直いって、これはもう長くなかった。

「罠といえば罠です。地下六層の階段を下りようとした時に、いきなりグリーン・ドラゴンに襲われました。そんな事一度もなかったので、完全に油断していたパーティーは私を除いて壊滅です。奇跡的に、なんとか逃げ出してきました」

「わ、分かった。まずは、傷をなんとかしよう。ヴァン、魔法陣を描いて。単身魔法じゃダメだ」

「うむ、いわれる間もなくパターンBの魔法陣を描いてある。あとは、お前次第だ。俺はこのパターンに適合する回復魔法を、一つも知らないからな」

 ヴァンが笑みを浮かべた。

「……はぁ、分かったよ。今回は特例だからね」

 私は諦め、肩から提げていた杖を手に取った。

「えっと、久々だな」

 呟きながら、私は呪文を詠唱した。

 前段の部分で相手のステータス的なものが伝わってくるが、どれもネガティブなものだった。私がこの魔法を使っても、助かる見込みはまずない。

 私は呪文を取り消して、最高位の回復魔法詠唱に取りかかった。

 それでも、成功率34%。決して高い数字ではない。

「正直、かなり厳しい。ダメだったらゴメンね」

「はい、分かっています。ここまで、よく動けたと思いますから」

 その人は微かな笑みを浮かべた。

 私は呪文詠唱を本格的に始め、魔法陣が放つ光が辺りを満たした。

「……どうだ」

 光が消えたあと、私はその人をみた。

 傷口は綺麗に治っていたが、その人の意識はなかった。

「ほ、ほら、やっぱり!!」

 私は杖を投げ捨てた。

「フン、何を慌てている。ちゃんと呼吸しているぞ。あの規模の回復魔法を使った場合、成功しても意識が保てるだけの体力はないだろう。ギリギリだが、持ちこたえたようなだな」

 私は慌てて顔を口と鼻に近づけると、その人は微かに息をしていた。

「……はぁ、脅かさないでよ」

 私は大きく息を吐き、投げ捨てた杖を回収した。

「その杖は『サマナーズ・ロッド』。世界に二つとない、ある魔法を使える証だぞ。もっと大事に扱え。お前も魔法使いなら、杖がどれだけ大切か分かるだろう」

 ヴァンが不機嫌にいって、ため息を吐いた。

「分かってるけどさ、なんだこんなもんって時はあるよ」

「俺はその杖のお陰で、今ここに使い魔としているんだ。はた迷惑な事に、最初の課題は使い魔を作ろうだからな。魔法使いの中でも、使い魔を持てるのはその杖の所持者だけだ。分かっているのか。それを粗末に扱うな。使い魔と主の契約を粗末にされている気分で、非常に不愉快だ」

 ヴァンが小さく息を吐いた。

「わ、分かった、ごめん。だから、こんなところで怒らないで」

 私は手にある杖をみた。

 特に凝った仕掛けはないが、歴代所有者の名前が彫り込んであり、一番最後は私の名前が彫り込まれていた。

「分かってればいい。全く、やるならそいつで敵をぶん殴るくらいにしてくれ。杖でぶん殴る魔法使いっていうのも、なかなかいなくて笑えるからな」

 ヴァンは笑った。

「わ、分かったよ……。それはそうと、この人大丈夫かな……」

「まあ、傷は癒えただろうが、それに伴う体力の消費は補えないからな。しばらくは起きないだろう。起きるまで、ここでこのまま小休止か、あるいは大休止かもな。急いでいるわけではないし、このまま置き去りというわけにはいくまい」

 ヴァンが聞き耳を立てた。

「よし、今なら誰もいない。いつもの結界で姿を隠すぞ。こんな状態の奴さんを抱えて、トラブルはゴメンだぜ」

「分かった、待ってて」

 私は大休止の時に好んで使う

 結界が私たちを包み、外からみればそこに誰がいるかなど分からないはずだった。

「さて、果報は寝て待てという。俺は寝るぞ」

 床に座っている私の横で、ヴァンが丸くなった、

「また、寝るんかい。まあ、猫だしね」

 私は苦笑した。


 私の回復魔法で傷が塞がり、あとは体力の回復待ちという誰かさんを見つめて、私はどうしたものかと思った。

「まさか、一人で帰れとはいえないしな。臨時でパーティでも組むか」

 それにしても、二人揃って魔法使いというコンビ。ヴァンも魔法使いだし、実にバランスが悪い構成だった。

「まあ、臨時だしね。さて、このまま地下十層にいくとすると、この人が酷い目に遭った地下六層への階段を通らないといけない。判断に悩むな……」

 私は無反動砲をマジックポケットから取り出し、たった三発しかない特製の砲弾を取り出した。

 赤く塗られた砲弾には、「DS」と白地で書いてあり、これはドラゴンスレイヤーの略だ。

 魔法なしでどうにかならないかと、私が試験的に作った砲弾で、これならドラゴンの分厚い鱗に穴を空け、ジェット噴流となった爆風がドラゴンの体内で暴れ回るという寸法だ。

 私が徹甲弾と呼んでいるのは、正確には成形炸薬弾というもので、簡単にいえば着弾と同時に装甲を解かして穴を空け、車両なら車両の内部を攻撃する榴弾の一種だ。

 これにヒントを得て、私なりに上手くいくかも……程度で作ってみたものだが、有効なドラゴン対策がこれしかない。

「……なんだ、そんなインチキ商法みたいな砲弾を取り出して。まさか、それでグリーン・ドラゴンをどうにかしようっていうんじゃないだろうな。命が掛かってるんだぞ、魔法を使えばいい」

 ヴァンが半目を開けていった。

「百歩譲って回復はいい。でも。攻撃は絶対ダメ。これは、主義主張じゃなくて、真面目に自信がない。こんな状態で攻撃魔法を頼るなら、このインチキ商法みたいな砲弾の方が万倍マシだよ」

 私はため息を吐いた。

「……なにがあった?」

「なにもないよ。私がヘタレな魔法使いだってだけ」

 私は苦笑した。

「……事故ったな。他に理由がない」

「だから、ヘタレなだけだって。いいから寝てろ」

 私はヴァンの背中を撫でた。

「……いいから話せ。魔法使いが魔法に自信がないなど、ただ事ではないぞ」

  私はため息を吐き、床を見つめた。

「よくある話なんだよ。魔法学校時代にサマナーズ・ロッドを手に入れて調子こいた誰かさんは、使えもしない強大な攻撃魔法を学校の魔法演習場で使った。結果として、大暴走した魔法は学校の半分を吹き飛ばし、多数の死傷者を出した。それ以来、その誰かさんは攻撃魔法を封印し、表裏一体の回復魔法まで遠ざけた。また、強大な力を怖がるようになり、やっとサマナーズ・ロッドを手に入れて使えるようになった魔法すらも封じた。まあ、聞いた話だけどね」

 私は苦笑してヴァンの背中を撫でた。

「……学校の制服を脱がない理由まで分かっちまったぜ。お前の時間は、そこで止まっているんだよ。だがな、逃げても魔法使いなんだよ。封印っていっても、所詮は自主規制だ。いつでも使う事が出来るし、いざとなったら絶対に使うぜ。それが、力を持つ者だからな。魔法学校で事故なんざ当たり前だろ。お前の記憶や知識は、使い魔の俺にも分かるからな。俺には封印している理由が分からねぇ。真面目だって事は分かったがな」

 ヴァンが小さく笑った。

「怖くなっただけっていったら信じる?」

 私は笑った。

「馬鹿野郎、お前がそんなタマかよ。演習の特等席、お前の隣で見物してた親友を消滅させちまったからだろうな。反省はいいが、先に進め。いいな、俺を呼んじまったんだからな。勝手に死なれちゃ困るぜ」

「だから、インチキ商法やってるんでしょ。私の攻撃魔法なんて、当てにならないからさ」

 私は笑った。

「ったく、面倒なヤツだぜ。いつまでも、いじけてるんじゃねぇ。そういう湿っぽいのは嫌いだ」

 ヴァンが笑った。

「私だって好きじゃないよ。でもね、どうしてもあの最後の笑顔がよぎるんだよね。結果として、ほぼ失敗するから。こんなの当てになると思う?」

「そういう事か。俺は当てにしてるんだがな、それじゃダメか?」

 ヴァンがあくびをした。

「そりゃどうも。その気になったら使うかもしれないけど、期待はしないように」

 私はヴァンを抱きかかえた。

「いいか、俺の命も抱えてるんだぞ。お前が死ねば俺も死ぬ。分かってるだろ、腑抜けた事いってるんじゃねぇ。相手は正真正銘のドラゴンだ。グリーン・ドラゴンなら一番ケツだが、それでも強い。インチキ商法やってる場合じゃねぇんだよ」

 ヴァンがまたあくびをした。

「インチキかどうかは、撃ってみれば分かるよ。効果があったら、これは売れるよ」

 私は笑った。

「馬鹿野郎、命がけだぞ。真面目にやれ」

 ヴァンが目を閉じた。

「攻撃魔法じゃなきゃ手が出せねぇ相手だ。お前の頭にある魔法リストを見たが、大したもんだぜ。四大精霊がやっとの俺じゃ足下にも及ばねぇ。ドラゴンくらい余裕だ」

「だから、その気になったらね。ヴァン、寝るんでしょ?」

「ったく、頼むぜ。今度こそ寝るか。こりゃ、このまま大休止だな。寝床の準備をしろ」

 ヴァンがあくびをした。

「はいはい」

 私はテントを組み立てた。

「それじゃ、おやすみ」

「ああ、寝るぞ。話が長すぎた……」

 ヴァンがテントの中に引っ込み、私は一人で救助した人を見守った。

「あれ、人間だと思ってたらエルフじゃん。この迷宮、たまに異種族がいるからね」

 私は笑い、助けたエルフの回復を待ったのだった。

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