小さな王国の箱庭

たおり

第1話 姫君の婚礼

 今日はこの国の姫君と隣国の王子の婚礼の日です。王と王妃、家臣たちから庶民にいたるまで、誰もが心から喜び浮かれていました。ただ一人を除いては。


「ああ、何てつまらないのかしら」

 その言葉に御付きの女官は眉をひそめました。

「何ということを。もし、他の方のお耳に入るようなことになりましたら、どうなさいます。」

「今日が大事な日ということくらい私にもわかっているわよ。どうにも、我慢ならないわ。みんなして浮かれ騒いで。馬鹿みたいだわ」

「姫様のお気持ちがわからないわけでもございませんが、ご辛抱願います。」

「わかってるわよ。言ってみただけ。私は分別はあるつもりよ。」

 女官は姫君の衣装を見てため息をつきました。

「本当に、これをお召しになってご出席なさるのですか。」

「もちろんよ。」


 それは燃え立つような真紅の衣装でした。襟元と袖先はテンの毛皮でふちどられています。白粉をはたき、眉を描き、紅を引き、大粒の真珠のネックレスと耳飾り。

「完璧ね」

 鏡に映った姿に姫君は満足しました。最後にダイヤモンドを散りばめたティアラをつけると、こう思いました。今日は最高の笑顔を浮かべて、みなを魅了してやるわ。

 姫君は女官を従えて部屋をでると、聖堂へと向かいました。廊下の途中で一人の男がうろうろしているのに出くわしました。「これはこれは」

 男は姫君を見ると膝まづきました。この婚礼に招かれた者の一人で、どうやら道に迷っているようです。「この度の婚礼のお祝いに参りました。いや、聞きしに勝るとも劣らぬ美しい姫君。花婿となられる方はさぞ、お幸せでしょう。」

 男の言葉で、姫君はたいそう不機嫌となり、男を無視して、すたすたと歩き出しました。

「不愉快だわ。」

 姫君は腹を立てて扇子を折るところでした。

「ご辛抱なさいませ。悪気はないと思われます。」

 女官が懸命になだめました。

「ええ、そうでしょうとも。」

 気を取り直すために、姫君には大層な努力が必要でした。


 姫君は聖堂の中に足を踏み入れました。みなの視線がいっせいに注がれます。真紅の衣装で現れた姫君を、初めは驚きの、次に賛嘆の目で見つめました。姫君はあでやかな笑みを向けると自分の場所へと進みました。聖堂の中にため息の声が響きました。

 まもなく、花婿が現れました。王子は、姫君の方に歩いてきます。姫君の心臓は早鐘のように打ち始めました。王子が手の届くところまで近づいたとき、姫君は、うつむいてキュッと唇をかみました。でも王子は姫君の前を通り過ぎると、祭壇へと向かいました。やがて、聖堂に花嫁が入ってきました。


 半年ほど前のことです。隣国の王子が城を訪れました。上のお姫様の花婿候補として招かれたのです。文武両道に秀でた王子と、少々勝気ではあるものの、美しく賢い姉姫とは、さぞや似合いの一対となろうと思われていました。ところが王子は一目見るなり、妹姫と恋に落ちました。妹姫もまた、王子に恋をしました。王子は非礼を詫びた上、どうしても妹姫と結婚したい、と申し出たのです。王も王妃もあまりのことに、たいそう気が動転してしまいましたが、妹姫とて可愛い娘のこと、二人の婚礼を承諾せざるを得ませんでした。

 純白の婚礼衣装に身を包み、王子の手を取る妹姫は、その場の誰よりも美しく輝いて見えました。

「ああ、馬鹿馬鹿しいこと」

 姉姫はそうつぶやくと、扇子の陰で大きなあくびをしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る