質問
この手紙はきちんと届いていますでしょうか?
西暦二〇二〇年ぐらいをターゲットにして送ったのですが、ナノタイムマシンがそこまで精度が高く機能できていないそうなので、十年は前後してしまっているかもしれません。
受け取ってもらえたことを前提に自己紹介します。私は西暦五一七六年の地球に住む者です。
その時代からはテクノロジーもかなり進歩しましたが、火星移住や月の開発はそれほど進まず、人類は地球に住み続けています。
と言うのも、あなたたちのいる年代ぐらいに始まったグレートリセッションがきっかけとなり、民主主義から社会主義への緩やかな転換が行われまして、人口抑制策による調整が五千年をかけて続けられた結果──世界の人口は二十億人前後で推移しながら自然と調和した形で暮らせているからです。
地球政府が樹立され戦争はなくなり、テクノロジーの進化と減った人口により地球温暖化に気候変動も抑えられました。
政治構造はその時代から変わりありませんが、全世界で英語を公用語化し、居住年数に制限を付け人々の暮らしとコミュニケーションを流動化させることによって既得権益や賄賂のような悪習をなくし、権利と富が全国民に公平に分配される仕組みが整って暮らしやすくなっています。
私がタイムマシンを使ってこの時代に手紙を送ったのは何故か? そこをお話します。
理由は単純です。私は高校生で、歴史の授業における「気になることを過去の人々にインタビューし、それをレポートする」という課題のために連絡させてもらいました。
手紙の裏面に答えを書いて送っていただくと、それがそのまま私のところに届きます。
過去の文献を見ていて気になったことがあったので質問させてください。
──「転売屋」とはどういう社会奉仕を指しているのでしょうか?
これは直接的な聞き方になってしまいましたか? 意図が分からないと答えられないものでしょうか?
念のため背景を説明します。
人類が永続的に繁栄していくため、あなたの時代からは社会の構造が大きく変化しました。
人口調整のため一人につき一名の子孫を残す義務が課せられました。もちろんその子供が成人するまでの養育も含めてです。
食料や日用品は地球政府からの支給で日々の暮らしが営まれ、居住地も政府のプログラムに沿った建物が五年ごとに割り当てられて引っ越しを繰り返します。
そして私たちは社会奉仕という労働力の形で政府にエネルギーを還元します。
あなたの時代でいうところの「職業」ですね。
一人につき一つの社会奉仕が義務づけられていて、この労働内容も五年に一度の居住地変更と共に変わっていきます。
私の両親も様々な社会奉仕をしてきました。
農業、林業に漁業のような基盤産業から、工場などの加工産業、配送や医療などのサービス業等です。
国民にはそれぞれ向き不向きがありますから、例えば私は体力がそれほどないので基盤産業の社会奉仕は厳しそうです。しかしその場合であっても、例えば農業なら生産管理等の作業を任される等、個性と特性に見合った作業を任されます。
こうして労働力を政府に、社会に還元し、その力で得た生産物を国民に提供して社会を維持していく仕組みが出来上がりました。
無駄をなくしたとも言えます。
そこで質問に戻ります。「転売屋」とはどういう社会奉仕なのでしょうか?
残されていたその時代の書物によると、社会の中で生産された何かしら価値のあるものを貨幣によって購入し、それを他の人に高値で売るという行為を指していると理解しました。
しかしこれで利益を受けているのは、その転売屋という職業の人だけになってしまうと思います。
転売屋はこの利益を社会に還元していたのでしょうか? でも私の読んだ書物にはそういう記述は見あたりませんでした。
一人で利益を独占することにどんな意味があるのでしょうか?
今はありませんが、あなたのいる時代には貨幣というものがあって、そのチケットを使って物々交換をしていたと勉強しました。
そのチケットをたくさん持つことに意味があるのでしょうか?
あくまでも交換のための手段でしかないものをため込むのは、ゴミを集めていることと同じにしか見えませんでした。
自分で生産せず、他者が作った物を買い取り、他の人に高値で売る行為をどのような目的で行っているのか知りたかったのです。
それは誰が喜ぶのでしょうか?
転売をしてあなたのいるコミュニティは、社会は、政府は潤うのでしょうか?
転売屋は何を社会に還元できるのでしょうか?
気になったので調べたくてタイムマシンを使って手紙を送りました。
返信をお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます