裁判長どの

 まず初めにお礼を言わせてください。

 あの史上最強と言われた台風で倒壊した工場、その下敷きになってしまった僕の呻き声を聞いて、助けを呼んでくれたおじさん。

 本当にありがとう。

 あなたがいなかったら、僕は今でも行方不明者のままだったと思います。

 そして、まだ暴風の吹くなか救助に当たってくれたレスキュー隊のみなさま。

 本当に、本当にありがとうございました。

 七十二時間の壁を超えて生存率が著しく下がったのにも関わらず、見捨てずに助けてくれたことは一生忘れません。

 運び込まれた病院で聞かされた、一家全滅のニュース。近所に住んでいた友達も全員死んでしまって、ベッドの上で僕は泣いてばかりでした。

 でも、優しくて暖かい声をかけ続けてくれた看護師さん。

 感謝しています。

 あなたの言葉に僕がどれほど勇気づけられたか分かりません。

 順調に回復していった僕はどう生きるべきか悩みました。せっかくもらったこの命ですから、みなさんの役に立てることをしたいと考えていたのです。

 でも、どうすればいいか分かりませんでした。

 高卒で何の取り柄もない僕にやれることは? みなさんの助けになることは? 楽しませたりするのが正しいの?

 パニックに陥りそうだった僕を導いてくれたのは、県民日報の記者さんでした。

 ――七十二時間を超えて救出されたその知名度を生かして、被災地の現状を訴えなさい。日々失われていく被災地域への関心をつなぎ止めて、風化を食い止めなさい。

 ――あなたならきっとやれるわ。やれるかどうかじゃないの。飛び込んでみなさい。

 あの話がなかったら、僕はこうして被災地域の窮状を伝え続けるYouTuberにはなれませんでした。

 本当にありがとうございます。

 それからの日々。

 最初は試行錯誤の連続でした。

 でも、色んな方からいただいたアドバイスのお陰でチャンネル登録者数は三千人を超えて、ニュースにも取り上げてもらえるようになりました。

 全国を飛び回って、過去の被災地を訪れては何が足りないか、どういうことに困っているか。

 細かいことも聞いてそれをみなさんに伝えました。

 途中で出会った県議会議員さんや国会議員さんにも協力してもらって、たくさんのお返しができたと思います。

 僕の名前そのままの義援金口座には、全国一千万人の人からのお金を預かるまでに成長できました。

 あれから三年。

 こうして活動できたのは、ひとえにみなさんのお陰です。

 本当にありがとうございました。

 やりたかったことが見つかったのです。こんなに嬉しいことはありませんでした。

 でも、そのためには辛いことをしなければならなかったのです。

 続いて謝罪の言葉を述べさせてください。

 僕の呻き声を聞いてレスキュー隊を呼んでくれたおじさん。

 ごめんなさい。

 包丁で刺したとき、「どうして?」って目を見開いてましたね。

 おじさんには本当に感謝してました。でも、やりたいことができてしまったんです。

 まだ入院してたころお見舞いに来てくれたとき、「俺には身寄りがいない」なんて事を言わなかったら、僕も殺してなかったと思うんです。

 「俺が死んでも、誰も悲しまない」なんて言うから。

 次に、入院している僕を励ましてくれた看護師さん。

 ごめんなさい。

 首を思い切り絞めていくと、あんなにも目が飛び出て舌が出るだなんて知りませんでした。

 だらしなくおしっこを漏らしながら死んでいくのを見て笑ってしまって、本当にごめんなさい。

 最後に県民日報の記者さん。

 ボコボコに殴ってみたら、命乞いをしましたね。何でもするからと言ってお金もくれて、挙げ句の果てには股も広げていました。

 でも、僕の興味はそこじゃなかったんですよ。

 そのまま殴り続けてたらあっけなく死んでしまいましたね。

 少し恥ずかしい思いをさせてしまって、ごめんなさい。

 そして――刑事さん。ずっと黙秘していてごめんなさい。

 でも、思いついちゃったから仕方ないですよね?

 そうです。これは僕の自白になります。

 最初から人を殺すつもりで活動してきました。動画でも常々言っていた通りです。

 「僕に憎い相手を殺させてください」って。

 最初は視聴者からその言葉の意味を聞かれて「擬人化した災害を報道し続けることで殺す」なんて誤魔化してきましたけど、そのままの意味だったんです。

 僕は動画で犯行を宣言しながら、行動してきました。そして実際に三人をこの手にかけています。

 そのためには活動資金が必要でした。

 動画を見て、義援金として寄付してくれたみなさんのお金で僕は人殺しができたわけです。

 そう。

 僕に寄付をしてくれた日本全国一千万の人は、人殺しの共犯者になったのです。

 こんなこと、世界中の誰もやったことがないんですよ?

 一千万の共犯者がいる犯罪だなんて、独裁者にだってできません。

 僕は誰にもできないことをやってのけたんです。

 史上最強のエンターテイメントじゃありませんか?

 そして僕の裁判は永遠に終わらないでしょう。

 寄付してくれた一人一人を調べて、共犯者かどうかを確認していく捜査になるんですから。

 台風で崩れた工場の下で呻き声をあげながら世界を呪っているときに生まれたこの名案。

 YouTuberになって実行に移せたときの感動。

 今も忘れません。

 さて、裁判長。

 僕のこの犯罪に協力してしまった共犯者の名前を読み上げていきますね。

 もう何度も読み返したので、出だしの百人ぐらいは覚えてしまいました。

 五十音順です。

 逢沢弘樹さん、二十七歳、三千円。

 藍原茜さん、十歳、五円。

 相原宗一郎さん、六十七歳、一万円。

 ……。

 まるで映画のエンドロールみたいですよね?

 一千万人分もあるので、別紙に印刷しておきます。

 ああ、そうです。

 五十音と言いましたが、最後はあなたの名前で終わらせてもらいますね。

 裁判長どの。

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