Chapter7  暗闇からの訪問者2

 マシャフは風邪からか急性肺炎を起こし、高熱で脳障害を引き起こす一歩手前であった。都並の的確な投薬と治療で明け方には平熱に戻った。

 都並とミツルが、シャラフたちの小さな瓦礫の家から出てきたときには、すでに軍人の姿もなく、静かな街の佇まいを取り戻していた。雑貨屋を営んでいるアジャラが、店の中から手にガラス瓶を持って出てきた。

「ドクター!」

「おはよう」

「随分、探したよ。どこにいたんだい? てっきり国に帰っちまったと思ったさ」

「いや、シャラフたちの家でね。で、何か?」

「いやね、ケビンとか言う軍人さんがね、ツナミの診療所はどこか? って尋ねて来たから、教えたけど、マズカッタカ?」

「ケビン? 何だろう。いや、大丈夫さ、ありがとう」

 アジャラは、安心したように笑顔を見せ、都並の目の前にガラスの瓶を差し出した。

「ドクター、あんたが探していたもんだろ?」

 四角い黒いラベルの琥珀色の液体が半分ほど入った瓶。

「おっ、アジャラ、凄いじゃないか?」

「いや、昨夜の軍人さんが持ってたのを、煙草とコーラで交換したんだ。ドクターにやるよ」

「いいのか? なかなか手に入らないんだろ?」

「いいさ、どうせ飲むのは、あんたじゃないだろ?」

「まぁな、ありがとう。ありがたく頂戴しておくよ」


 都並とミツルは、寝床にしている瓦礫の家へ戻った。診療所が破壊された後、ほとんど何もせずこの狭い部屋の中で過ごしている。簡素なベッドにテーブル、破けたソファーがあるだけ。後は何も無いがらんとした部屋にミツルと二人で過ごしていた。

「ケビン、何かメモでも残してないか?」

「いや、何も無いな。ミツル、保険機構から、医薬品だけでも支給されないのか?」


 大きなバッグを床に、ガラス瓶をテーブルに置いた。二人は徹夜明けののせいもあり、都並はベッドでミツルはソファーですぐに眠りに落ちた。

 そして夕方。

 日焼けした顔でガラスのない窓から覗くケビン。

「よっ、ここに名医がいるって聞いて来たんだが?」

 ベッドから、身体を起こし声の主を見る都並。

 大きなダンボールをもってケビンが部屋の中に入って来た。

「おい、そこのソファーで寝てるヤツ、ちょっとは手伝え!」

「お? ケビン、どうしたんだ?」

「ちょっとな、名医にお届けもんだ。正規に要望出したから手間どっちまってな」

 ケビンはダンボールの箱を床におき、都並を手招きをした。二人は、ケビンに誘われるまま、外に出ると、大型のトラックと数人の兵士が待っていた。

「やぁドクター」

「しけた顔してんなドク」

「この診療所のドクが病気なのかい?」

 助手席からもう一人兵士が降りてきた。

「ドクターツナミ、あなたのおかげで僕は生きている。どうしても帰国前にあなたにお礼がしたかったんだ」

「なぁツナミ、軍の正規品しかないんだが、使ってくれるか?」

 ケビンはトラックの荷台の荷物を見せた。

 様々な医療機器・医療品、医薬品に発電機・冷蔵庫・保存用備品。小さな病院ほどの荷物が三台のトラックに積まれていた。

「な、なんだこれは!」

「俺たちなりの、ま、責任の取り方か?」

「ツナミ、見てみろよ、簡易のレントゲンまであるぜ!」

 トラックの陰から、幼い兄弟が顔を出す。

「ツナミ、マシャフが元気になった」

 シャラフに手を引かれ、マシャフがにこっと笑う。

「ツナミ。ほら、もう元気になったよ」

「マシャフ、まだ寝てないとダメじゃ……」

 ミツルに肩を叩かれ、振り向く都並。

「良いじゃないか、今夜は、ジャラル先生と最後のパーティにしようぜ。みんなで飲み明かそう?」

「良し、それじゃ、みんな、早く荷物を入れちまおう。今夜はみんなでジャラルの追悼だ!」

「そりゃ良いぜ!」

「早くやっちまおう」

「隊長! 酒は」

 屈強な兵士たちが次々と荷を運び入れる。満足に医薬品も無かったジャラルの診療所はこうして生まれ変わった。


 夜、街中の住民が瓦礫になった『元ジャラルの診療所』前に集まってきた。

 瓦礫の上には、ジャラルの小さな写真と大好きだった缶コーラ、そして、こよなく愛したアメリカ産ケンタッキーバーボンが置かれ、山の麓から、シャラフとマシャフが摘んできた草原の小さな花とジャラルの遺品の壊れて歪んだ聴診器が飾られた。


 宴は夜通し続いた。

 東の空が、薄っすらと明るくなってくると、自然と人々はネグラに帰って行った。



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