05.預言者は語る
3体……白人の胴体と頭を組み合わせれば2体、明らかに肌の色が違う混血の指で1体。それを告げれば、ロビンは大げさに天井を仰いで嘆いた。
シェイクスピアの劇役者のように。
「肌の色か? 目で見えるモノで判断するな、稀有なる羊。感じられるモノを優先しろ」
嘆かわしい。出来の悪い生徒に言い聞かせる教授に似た口調は、ひどく落胆していた。しかし彼が一方的にコウキに期待したとして、それを裏切られたと嘆く方が悪い。
開き直った態度でコウキは眉を顰め、椅子に大きく背を預けた。
座る位置がわずかずれたことで、顔に空調の冷たい空気が吹き付けられる。
ひとつ深呼吸して、再び姿勢を正して座りなおした。風に揺れた前髪を指で押さえる。
「白人が2人、混血が1人、普通の計算だろう」
ふむ……頷いたロビンが部屋の中を忙しなく歩き始めた。何かに苛立っているようにも見えるが、どちらかというと考え事を纏めている感じだ。
冷静に判断しながら、コウキは看守が出した紅茶に口をつけた。紙パックか? 残念だが香りが飛んでいるな。お湯の温度もやや低い。
どうでもいいことを考えていれば、コツリ……足音が聞こえて顔を上げた。常のロビンは猫のように足音を響かせない。
聞かせる目的があるのだろうと目をやれば、立ち止まったロビンが三つ編みの穂先を指先に絡め、くるりとまわした。
「死体は5体。腕を切り離された胴体と頭部で1体、胴体のみで2体、3体目は頭部のみ、腕で4体、最後に指で5体……殺害現場は屋内、だが絨毯もフローリングもない土の上だろう。同じ場所で5人は殺傷されているが、腕の持ち主は、生存の可能性が僅かにある。指の持ち主は水の中から見つかる筈だ」
すでに事件の全貌がみえているような、まるで予言にも似た発言だった。確証があるのだろう、彼の口元は笑みを浮かべている。
「……検死結果はまだの筈だが?」
小首を傾げてコウキが否定の色を滲ませた疑問を呈すれば、稀代の天才殺人鬼は唇の前に人差し指を立てた。
沈黙を意味する仕草から、ロビンは踵を返して歩き出す。手首の手錠から伸びた鎖が、じゃらりと乾いた金属音を響かせた。
「稀有なる羊、『ヘロディアの娘』を知っているか?」
ヘロディアの娘……新約聖書に登場する1人の少女だ。ユダヤの王ヘロデ・アンティパスに嫁いだヘロディアが、ヘロデ王の弟である前夫との間にもうけた娘と記されている。
彼女は『サロメ』と呼ばれ、見事な踊りの代償に預言者ヨハネの首を求めた。
罪深き女として、オペラなどの題材として用いられることが多い。
「『サロメ』か……」
より知れている別名で呼んだコウキに、我が意を得たりと笑みを深めたロビンが足を止めた。
「彼女は預言者ヨハネの首を求めた。銀の盆に載せられた首を、愛する母に捧げた愚かな少女だ」
辛辣な物言いは変わらない。
ベッドの端に腰を下ろし、手首を拘束する鎖を左手の指で弄りだした。
故意に作った笑みを深めたロビンが、ゆっくりと足を組む。深く吸った息を吐き出した唇が、吐き出した言葉。
「誰よりヨハネを愛し理解したのは、彼女だっただろうに」
聖書の解釈をまっこうから否定するような、彼らしい発言だった。
いつだって聖書と神を否定し続ける男は、大げさな身振りで立てた片膝を抱えるように座り込む。
じゃらり……鎖の音をさせて、ロビンは右手を頭上に掲げた。斜め前に立つ誰かに手を差し伸べるような姿勢で、静かに目を伏せる。それは神に助けを求める殉教者のような、ひどく絵になる光景だった。
切り取って絵画にするなら、差し伸べた手に上空から天使の梯子が掛けられるだろう。
宗教的な意味深い姿勢で、右手をおろして膝の上におく。
「最愛の男の首を求めた女の情念――神に魅入られた預言者の心は、美しい娘の求愛をもってしても揺るがなかった。それゆえに母が彼の首を所望したとき、少女は気づいてしまったのだ。己の中に眠っていた『男を所有し、独占したい』という醜い蛇の存在に……。望んで得られた首へ、満足げに微笑んだ彼女は接吻けを贈るだろう」
オペラの一場面を見ている気がした。
誰もが認める預言者であり、神の代弁者たる男を愛した少女が、男を手に入れる手段として選んだ断首。
銀の盆に載せた首を前に、彼女を満たした感情は歓喜か。甘い眠りを与えた存在は、どれだけサロメの心を癒すことか――想像に難くない。
「もう少女を見ることなく、聞くことなく、返事もしない。それでも男が他の者に奪われるくらいなら、己の手元に置けるなら後悔しない筈だ。それこそが彼女の望みなのだから」
コウキははっとした。
誘導されたのか、それとも自分の思考が彼に近づいているのだろうか。
なぜ、サロメの感情を『歓喜』であり『満たされた』と感じた?
史上最悪の悪女の一人に数えられるサロメを、一瞬でも理解した気持ちになるとは……。
愕然とするコウキをよそに、ロビンは満面の笑みを浮かべて立ち上がる。肩を竦め、おどけた様子で鉄格子に顔を寄せた。
「コウキにも理解できる筈だよ? 今回の事件は『サロメ』によるものだからね」
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