03.秘されない情報

「久し振りだね、稀有なる羊」


 シリアルキラーは優雅に一礼してみせた。


 用意された椅子に無言で腰掛けるコウキの不機嫌さを、好ましい態度だと言わんばかりに受け止めたロビンが三つ編みの先をくるり指で回す。


 コツコツと靴音を響かせて歩き、向かい合わせに位置する椅子を引き寄せて座った。


 間には無粋な鉄格子――変わらぬ風景だ。


 ブラウンの長い三つ編みの先を弄りながら、ロビンは口角を引き上げて笑みを作った。


「今回の事件はコウキ絡みと聞いたが?」


「……白々しい」


 先ほどまでの尋問を引き摺るコウキの吐き捨てた言葉に、ロビンは軽く肩を竦めて大げさにジェスチャーする。何も関係ないのだと訴えるように両手の平を上に向けて。


「オレが関わっているとでも? 残念だがそれはない」


 言い切ったロビンがまっすぐに視線を合わせてくる。青紫の瞳は珍しい色で、薄暗くなった室内で陰りを帯びて紫藍に染まっていた。


 なんとなく己の態度が大人気なく思われ、コウキはひとつ大きく息を吐き出す。深呼吸すれば、冷静さを取り戻した頭が働きだした。


「誰が事件のことを?」


 まだ数時間前の話だ。FBIの中でも状況を知っている人間は両手に足りる。


 不審を滲ませるコウキの蒼い瞳に、嬉しそうに笑うロビンが映った。


「それでこそコウキ、オレが認めた唯一の『羊』だ」


 椅子の左側に位置するローテーブルから拾い上げた書類を数枚捲ったロビンが、1枚を放って寄越した。


 檻の鉄格子を擦り抜けた紙はコウキの靴先に当たって止まる。身をかがめて拾い上げれば、コウキの研究室の見取り図だった。


「2時間前に届けられた。コウキの上司だそうだが? 随分と酷い上司を持ったものだ」


 くつくつ喉を震わせて笑うロビンが右手の人差し指で、コウキの手の中の書類を示す。


 研究室の見取り図には机や椅子の配置、そして被害者の死体や落ちていた指と腕の位置も記載されていた。かなり詳細だが、それに加えてロビンは現場の写真を持っている。


 ひらひらと揺らして見せた後、コウキへ放った。


 どちらもコウキの上司であり、ロビンと引き合わせた彼が届けたものだろう。科学捜査がおざなりに見えたが、最低限必要な捜査は行っていたようだ。


 資料を片手に、コウキは眉を顰めた。


「コウキが殺した、とオレが断定したらどうなるだろうな」


 FBIとCIAのプロファイルを覆すほどの天才……もし彼が気まぐれに嘘を吐いたなら、無実の人間が容易に犯罪者として処断される筈だ。誰も疑わないくらい完璧な嘘を築き上げるだけの知識も、狡さも、経験も持ち合わせているのだ。




「簡単だ。俺は二度とお前に会うことなく死刑になる」


 意味ありげに口元を少し笑みに歪める。まるで己の言葉通りになることを歓迎するような態度に、ロビンは立ち上がって大げさに嘆く仕草を見せた。


 頭を抱えて、劇役者のようにがくりと俯く。


「なんてことだ……『稀有なる羊』を天に返す? それは社会の損失だ。偉大なる損失だよ…死神を野に放ち、獣たちは怯える羊を狩るだろう。地獄を呼び寄せる引鉄ひきがねとなり、永遠が終わりを告げる」


「ならば、どうする?」


 楽しそうな顔を見せたコウキの口調に誘われるように、ロビンは再び椅子に戻ったが腰掛けず、椅子の背に手を置いて後ろに立った。一礼して上目遣いにコウキを見上げる。


「我が『最愛の羊の無実』は、地上の死神が証明してみせよう。無慈悲な天上の神ではなく……死神にしか解けない謎を」


 資料を掲げたコウキに対し「持ち帰って構わない」と頷いた男が踵を返す。背で揺れる三つ編みが本日の会話の終了を告げた。

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