02.純粋こそ罪
取り出した資料をロビンへ渡す。
監視員経由で渡された資料を数枚読み、ふん……と鼻を鳴らしたロビンが口元を歪めて笑みを作った。青紫の稀有な色の瞳が、コウキを馬鹿にしたように捉える。
「この事件のプロファイリングをどう思う?」
つい最近起きている事件だ。12人もの犠牲者を出している連続殺人、被害者達は一様にバラバラに解体されていた。
だが見つかる場所は決まって被害者の自宅の庭、手足を東西に向けて水平に並べて中央に頭を据える形で置かれる。胴体は少し離れて無造作に転がされており、現場には悪魔崇拝の儀式に似た不気味さがあった。
死体の頭頂部に蝋燭を置いて火を灯した形跡が残り、必ず左手首から先は見つからない。
気味悪さに「悪魔の仕業」と実しやかに囁かれる残虐な事件記録を斜め読みした男は、平然と写真を数枚選び出した。無造作に選んだようだが、死体が発見された状態を克明に映し出した全体図ばかりだ。
「4人分しかない……残りは?」
何を求められているのか、瞬時に理解できた。
ロビンに示した写真は、12人の犠牲者のうち4人分だけ。資料は全員分あるが、写真はランダムに選び出した人数分しかない。
全員分を出せと告げる彼の目は、面白い玩具を与えられた子供のようだった。
「これだ」
差し出した写真を鉄格子の刺さる床ぎりぎりに並べていく。近づいたロビンが見下ろす先で、残る8人目の現場写真がコウキの手で置かれた。
白い指が離れるのを待って、ロビンは鉄格子の内側に同じように4人分の写真を並べる。
「なるほど……」
呟いたロビンには、何かが
犯人が残した手がかりなのか、この儀式めいた死体の配置に意味があるのか。
同じ写真を見つめてもコウキには気づけない『何か』があった。その差は僅かなもので、後一歩コウキが踏み出せば越えられる。
同じ目線に立つことを求めるロビンは、答えを待つコウキを軽く手招いた。
「左から3枚目、右端、あとはこれだ」
自分の手元の1枚を拾い上げ、コウキが言われるままに拾った2枚と合わせてトランプのように片手に持つ。
扇形に広げた写真は、どれも他の現場と変化ない光景が写っていた。
「あとの資料はゴミだな」
くつくつと喉の奥を震わせて笑ったロビンは、被害者の情報やプロファイルされた資料を一瞥して踵を返す。
さまざまな角度から検証された結論を笑い飛ばす男は、見えている答えの切れ端をちらつかせた。天文学的な確立で生まれた、世紀の天才にとって謎解きに値しない事件なのだろう。
「犯人は黒魔術の知識がある? 冗談だろ……秘密結社も、黒魔術も、悪魔さえ関係ない」
FBIのプロファイラーの意見を一蹴し、ベッドに腰を下ろす。
24時間監視され続ける部屋は、ホテルの一室のような落ち着いた色合いの家具で統一されていた。鉄格子でなく、白い壁であったなら監獄とは思えない。
ぎしっと軋んだスプリングの音が、ひどく乾いて聞こえた。
「おまえは覚えているか? 可愛そうなベス。哀れな子羊を見捨てた神の与えた、むごい試練――」
詩を諳んじるように、朗々とした声が白い壁に反射する。大きな白い箱に作られた鉄格子の部屋に繋がれる囚人でありながら、まるで世界を統べる神のようなカリスマ性を滲ませる男は嫣然と振り返った。
「彼女は純粋だった。純粋だからこそ、僅かな傷も穢れも赦せなくて壊れてしまう……ならば『純粋』こそが罪だ」
舞台俳優に似た優雅な動きで歩み寄るロビンが、軽く小首を傾げた。愉しそうな笑みを口元に浮かべ、瞳は三日月の鋭さを帯びて、彼はヒントだけを与える。
「左手は持ち帰った。だが右手では用を為さない」
眉を顰めたコウキが口を開こうとしたのを見て取り、「しぃ…」と唇に指を当てて咎める。
「無粋なことをするものではないよ、稀有なる羊――良いワインはゆっくり味わうものだ」
くつりと笑い、それきり何も言わない。手にした3枚の写真をベッドサイドのテーブルへ起き、残る資料を拾い上げてコウキへ突きつけた。
「ロビン……」
名を呼んでも、笑って首を横に振るだけ。
今日は何も引き出せないだろう。この事件を解決する方法をロビンから引っ張り出し、犯人を捕まえて次の犠牲者を出さないことが、今のコウキに課せられた任務だった。
研究者として関わった筈が、気づけば国の組織に絡め取られている。己の立場を嘲う余裕もなく、コウキは溜め息を吐いた。
「ひとつ教えてくれ、次の犠牲者は?」
「……今夜、1人」
「場所は……」
「質問はひとつ、だろ?」
本当に興味を失ったように、ロビンは冷たく吐き捨てて背を向ける。珍しく拒絶を前面に出したロビンの応対に困惑しながら、踵を返したコウキは知らない。
ロビンの口元は嬉しそうに三日月に歪められていた……。
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