07.彼女と願い

「神は残酷な存在だ。意思を持つ存在として創作しておきながら、自らの意に沿わない行動をした少数を罰するために、無関係の大多数を巻き込んで殺す。恩を着せて助けた『お気に入り』に、残り少ない生き物を焼き尽くして捧げさせた」


 敬虔な信者が聞いたら憤死しそうな暴言を吐き、ロビンは手の中の破片へ目を向けた。


 青紫の瞳が優しい色を浮かべ、愛おしむ穏やかさで摘んだ破片へ接吻ける。


「宗教談義がしたいなら、神父を手配するが?」


「願い下げだね」


 厭味をさらりと口にしたコウキを一瞥し、ロビンは破片をベッドサイドのテーブルに置いた。


 ちゃらりと鎖が音を立てる。そこで改めて気づいた。


 今まで、どうして鎖の音が気にならなかったのか。


 一見荒い動きをしているロビンだが、実際は違う。手首の手錠や鎖の音を響かせない程に、繊細で静かな動作をしていたのだ。それを可能にする身体能力に驚いた。


 右手首を凝視するコウキの意識を呼び戻すように、柔らかい声でロビンは名を呼ぶ。


「コウキ……オレはお前と話がしたいんだ」



 神父などいらない。


 神など信じない。



 明言する男の言葉に魅せられ、コウキはごくりと喉を鳴らした。


「何か聞きたかったんだろう?」


 だから、ここへ通っている筈……。


 ロビンの促しに、蒼い瞳を逸らしながら俯いた。手元の箱を見つめ、考えを整理する。


 彼が秘密と称した箱には、小さな白い人骨が二つだけだった。彼にとって意味があるのかわからないが、箱に仕掛けはない。


 箱について質問すればいいのか、探させたことを尋ねる方がいいか。人骨について聞いたら? 


 常日頃の冷静沈着なコウキから想像できないほど、彼は混乱していた。


「殺人動機か? それとも『彼女』について聞きたい?」


 ヒントを与え、目の前の管理人が下す判断を待つ。


 美しい外見、透明な心、穢れていない魂――どれもが心地よく、同時にロビンを苛立たせる要因だった。


 大切に育てられたのだろう。本人に自覚はなくとも、真綿に包むようにして守られてきた。研究に没頭しても困らない生活環境と、国が潤沢な資金を提供する優秀な能力、才能。誰もが羨む生活を手に入れながら、本人に自覚はない。


 ――大丈夫、お前の願いは叶えてやるよ。


 彼の心の奥底に潜む、本人すら気づかない願いを読み解いた殺人鬼は微笑んだ。


「……『彼女』について、お前の知るすべてを」


 誘導されている自覚はあるのに、気づけばその言葉を声に出していた。じっと蒼い瞳で見つめてくるコウキへ、ロビンが表情を改めて真剣な眼差しを返す。


「いいだろう」


 右手の鎖を左手に絡めて弄りながら、彼は視線を逸らして僅かに伏せた。途端に普段の傲慢で強気な彼が想像出来ないくらい、穏やかな表情に変わる。


 劇的な変化に、コウキは食い入るように見入った。


「『彼女』は特別だった。誰よりも純粋で、だからこそ世の中に染まって穢れる自分が許せなかったらしく……オレに殺して欲しいと頼んだのさ。一連の事件で最初の殺人だ」


 今までの資料になかった、新しい殺人をけろりと白状したロビンは、目を細めて息をついた。当時を懐かしむような優しい笑みを浮かべる。


「コウキが聞きたいのは、『彼女』のすべてだったな」


 確認するように呟いて、膝の上で手を組んだ。


「名前はエリザベス・ティンカー、享年17歳。敬虔なクリスチャンの一家で、何不自由なく生きてきたお嬢様さ。金髪と緑瞳で、ミルクのような白い肌だった。彼女が自分を穢れたと考えても自殺しなかったのは、両親と教会の教えに従ったからだろう」


 一度言葉を切り、足を組み直す。



「可哀想なべス、彼女は悪い友人に捕まったのさ」


 マザーグースのような抽象的な言葉。


 意味深に告げた唇は、三日月に引かれて酷薄な笑みを刻んだ。

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