第35話

 



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「ねぇ、まーくん……説明、して欲しいな……? この人が、誰なのかを……」



 俺の携帯を手にしたまま、彼女はそう追及してきた。



 その瞳の色は怒りの感情で完全に紅く染まっていて、一切の温情も慈悲も与えてくれそうにない。



 まさに、処刑人の目をしている。彼女の中ではきっと、俺がはっきりとした悪であると断定されているのだろう。



 そんな彼女を前にしてはどんな言い逃れも許されず、俺は有罪の判決を下される他は無いと思われる。



 しかし、それは冤罪と言うべきものだった。こればかりは事実無根だとしか、俺からは言えなかった。



 そうとも知らず、分かっても貰えず、香花はジリジリと画面を俺の目元に近付けつつ、側にへと寄ってくるのだ。



 俺はそれに圧倒されてか、彼女がこちらに寄ってくる度に一歩、また一歩と後方にへと下がっていく。



 そんなやり取りがお互いに無言のまま何度か続くが、当然な事に、やがては追い込まれる事となる。



 部屋の隅、壁際にまで俺は追い詰められ、とうとう逃げ場を失ってしまった。



「ねぇ……教えてよ、まーくんっ……!」



 そして更に俺の逃げ場を無くす様に、彼女は俺の顔の左右両側に向けて勢い良く手を伸ばし、そのまま壁にへと手をつけた。



 体勢としては所謂、壁ドン状態と言うべきか。あまり詳しくほないが、本来なら男と女のポジションが逆になるのだろう。



 しかし、身長的に言えば彼女の方が低く、俺の方が高いので絵面としてはあまり良いとはいえない。が、今の現状を鑑みれば、それは些事でしかない。



「さぁ……早く、早くしてよ……私、待ってるんだからさ……」



 眼前には隠し切れないレベルの怒気を発する、香花の顔が迫ってくる。距離にすると、目と鼻の先といったところだろうか。



 心理的にドキドキとさせられるが、これに関しては恐怖によるものだ。決して、好意的な感情にはなりえなかった。



「な、なぁ、香花。ちょっと落ち着こうか。というか、待って欲しい。こんな状態だと、まともに話も出来ないんだが……」



 とりあえず、こんな色んな意味合いで追い詰められた感じでは、俺もまともに話も出来ない。



 一旦は離れてから、腰を落ち着けてゆっくりと誤解を解いていく。そう考えて俺は彼女に向けて、そう提案してみたのだが……。



「駄目。待てないよ」



 しかし、俺の願いは彼女には聞き入れられなかった。強く、きっぱりとした短い言葉によって、拒否されたのだった。



「私、ね……すっごく待ち侘びているんだよ。この人……この盗人が誰なのか、1秒でも早く知りたくてうずうずしてるの。だから……説明してよ、まーくん」



 少しぐらいは話を聞いて貰えないかと期待をしたのだが、それもどうやら駄目みたいな様であった。



 こうなっては、彼女の要求を呑んだ上で、正直に話すしか俺に道は残されていない。



 ……というよりも、この話題でそもそも嘘を吐く必要性が完全に無いのだが。ただ単に、事実を話せばいいだけなのあから。



 けれども、これで正直に話したところで、彼女が納得してくれるかどうか、それも怪しいところなのだが。



 全く……俺は何もしていないというのに、どうしてこんな事になってしまうのだか……。



「分かった。分かったよ。ちゃんと説明するから、頼むから落ち着いてくれって……」



「何を言ってるの、まーくん。私はとっても、落ち着いているよ。だから、早く話して欲しいな」



「そういう感じが、全然落ち着いていないんだが……」



 俺はそう言いつつ、静かに嘆息する。そして必要かどうかも分からない覚悟を決めた後、彼女に向けて事実を言い放つのだった。



「あのメールの差出人。あれはだな……」



「……」



「えっと……俺の、妹です」



 彼女から発せられる威圧感をひしひしと感じつつ、俺はそう言い切った。



 それは嘘も誤魔化しも無く、はっきりとし変わりようもない、不変の事実でしかなかった。



 そして、それを聞いた香花の反応はというと……。



「……?」



 何それ、と言わんばかりに、彼女は不思議そうな表情をして首を傾げていた。



「まーくん……妹なんて、いたの?」



「そ、そうだな。歳はちょっとばかり離れてはいるけれども、戸籍上でもしっかりと登録されている、歴とした妹だよ」



「……でも、おかしいな。私……今まで一度も、聞いた事が無いけれど……」



「そ、それは……聞かれた事が無いしな……聞かれないと、答えようも無いから……」



 話題として上らないのだから、必然と話す機会なんて来るはずも無い。だからこそ、彼女に話しはしなかった。



 だが、その回答に香花は不服そうにしている。どう見ても、誰が見てもこれは納得のいっていない表情をして、俺を見ていた。



「……ねぇ、まーくん」



「う、うん? ど、どうしたんだ……?」



「本当に、このメールを送ってきたのって、まーくんの妹なの……?」



 そして遂に、俺の目の色を窺いながらも、香花はそんな事を言って俺を疑ってきたのだ。



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