番外編1 彼女の為の部屋づくり 後編

 



「……ふぅ。こんなもんか」



 最後の本の山を纏めて縛り終え、俺は額に少し浮かんでいる汗を拭いつつ、一息を吐いた。



「さて、こいつらはどうしたものかな……」



 部屋の隅には纏められた本の山が幾つも置いてある。その中身の大半が漫画であり、少しばかり小説や週刊誌が混ざっている。



 どれも読まなくなって久しいものだが、いざ捨てるとなると、些か忍びなく感じてしまう。



 そう思うとこのまま捨てずに、俺の部屋の押入れにでも押し込んでおこうか。そんな考えも起こってくる。



「いや、でも……そんなスペース的に余裕も無いか」



 ここで忍んで押し込んだところで、またこれらを見るかといえば、見るかもしれない。が、それがいつになるかは分からない。



 それなら、ここはきっぱりと決断をして、全て捨ててしまおうか。もしくは値段がつくものであれば、売ってしまおう。それがいいかもしれない。



「とりあえず……俺の部屋に移動しておくか」



 ここに置いたままでは邪魔になるし、これらを全部捨てに行くか売りに行くかにしても、一気に持ってはいけない。



 これに関しては今度、レンタカーでも借りて纏めて持っていこう。その時に他のゴミとかも一緒に詰め込んで、捨てようか。



「香花。一旦、こいつらを俺の部屋に運んでくるから、こっちは任せるからな」



「あっ、うん。分かったよ。よろしくね」



 香花は自分の作業をこなしつつ、俺にへとそう返事を返す。



 依然として俺の衣服の匂いを嗅ぎ、いるいらないの判断をしている香花だが、彼女と役割を代わってからはそれなりに作業のスピードは向上している。



 ざっと見ての判断だが、量的にあと半分ぐらいなものだろうか。もう少しもすれば、彼女も作業を終えるだろう。



 ただ、これだけは言っておきたい。俺がそのままやっていれば、普通ならもう終わっているぐらいの作業なのだ。



 俺の衣服といっても、それ程に量がある訳でもないので、そこまで時間が掛かるというものじゃないからだ。



 しかし、それを彼女が余計な、変な工程を挟んでしまっているので、余計な時間を掛けてしまっている。それが今の現状だ。



 それを言及できない事が、正直なところ悔やまれる。何でこうも俺は、彼女に弱いのか。



 強気に出れない事を情けないと思うのと同時に、脅迫されたのだから仕方がないと、諦めの言葉が浮かんでくる。



 どちらにせよ、俺は香花には逆らえないのだから、彼女に向けて何かを言う事はしない。



 粛々と本の束を持って、俺は自分の部屋にへと向かった。



 自室に入ると、俺は真っ直ぐに室内にある押入れにへと向かって歩く。



 部屋の隅に固めて置いておく事も考えたが、以前よりも綺麗になった室内でそれをしてしまうのは憚られた。



 香花が初めてこの部屋に訪れた時には、あちこちに荷物が散乱しているという惨状ではあったが、その翌日には綺麗に片付けられている。



 それもこれも全て、香花のお蔭であった。俺が仕事に出かけている最中、彼女がせっせと片付けを済ませて、綺麗にしてくれたのだ。



 隣の部屋が片付くまでは彼女はこの部屋で暮らす事になってるので、それもあって片付けてくれたのだろう。



「それなら隣の部屋を先に……って、その考えは良くはないな」



 部屋を散らかしたのも、隣の部屋を物置にしたのも、全ては俺がやった事だ。



 それを彼女が散らかした訳でも無いのに、率先して片付けてくれている。



 それなのにも関わらず、そう考えてしまうのは失礼にも程がある。本来なら俺が一人でやるべき事なのだから。



「早くこれをしまって、片付けに戻ろうか」



 押入れの戸を開き、空いているスペースに俺は本の束を詰め込んだ。



 残りの束を入れるには少しスペースが足りていないので、軽く中を整理して、全部が入るように調整する。



「これで……よしっ」



 整理した事で押入れの一角に更なるスペースが出来る。これで残りの束も全てここに収まるはずだ。



 例え入りきらなかったとしても、縦に本を積んでいけば、何とかなるだろう。



「あとはここに、持ってくるだけだな」



 何往復かはする事にはなるが、それ程に時間は掛からないだろう。



 早く済ませてしまって、残っている別の作業に取りかかっていこう。



 そう考えて俺は隣の部屋にへと移動する。



「ん……?」



 そして隣の部屋にへと戻った俺だったが、そこでまた、首を傾げてしまう様な光景が待っていた。



「これをこうして……っと」



 目の前の束を纏めつつ、彼女はそう言いながら紐で縛っていく。



 俺がさっきまでいた時には衣服の整理をしていた香花だったが、彼女は今現在どういう事か、俺がやり終えたはずの本を纏める作業をしていたのだ。



「き、香花……?」



 どうして今度はそんな事をし始めたのか、俺には全くと見当がつかなかった。



 もしかすると……俺に遣り残しがあって、それを彼女がフォローしてくれているとも思ったが、そんな訳が無かった。



 片付けるはずの本は全て、既に纏め終えている。俺は作業が終わった後に確認はしているし、その際には漏れは存在はしていない。



 だからこそ、彼女がしている行動は俺には不可解にしか映らない。一体、彼女は何の本を取り纏めているのか。



「ね、ねぇ、ちょっと……」



 それを聞こうとするべく、俺は彼女の肩をとんとんと叩きながらそう声を掛ける。



「うん? まーくん。どうしたの?」



「どうしたの―――じゃなくて、それ。えっと……その作業は終わってるはずだけれども……」



「えっ? やだなぁ、まだ終わってなかったよ」



「えっ?」



 終わっていない? 彼女は俺に、しっかりしてよね的な風にそう言ってきたが、俺からすればそれはこっちの台詞だとも思えた。



「もう、駄目だからね」



 幾ら考えようともさっぱりと分からない。終わったはずの作業を、彼女は終わっていないと言って嘯くのだから。



 それなら―――彼女が終わっていないと捉える中には、何が残っているというのか。



 そして分かっていない事が態度に出ていたのか、香花は俺の表情を見て不満気味に頬を膨らませた。



「そんな事だと、片付けは終わらないよ。こんな真っ先に捨てる様な物を残しているんだから」



 続けて香花はそう言うと、縛っていた本の束の一番上の表紙を俺にへと見せてきた。俺の視界の前面に、その表紙の絵がありありと映る。



「は……? な、何で……?」



 それを見て俺は、愕然とした思いに駆られた。いや、ちょっと待って欲しい。何でそんなものが、ここにあるのか。



 彼女が見せてきたのは何と、えっちな表紙の絵が載った雑誌だった。俗に言うエロ本と言うべきものだろう。



 大分前に購入し、読まなくなって久しいものである。彼女が同棲する事になってからは見つからない様に隠していたのだが……それが何故、彼女の手の中にあるというのか。



「そ、その……香花さん? それを、どこで……?」



「どこでって……まーくんがそれを、一番理解していると思うけど。例えば……その中とか」



 香花はそう言った後、あるものを指差した。それは、先程まで彼女が選別していた、俺の衣服の入った衣装ケース。



 それが何故か盛大にひっくり返され、中身をその辺に撒き散らしていた。惨状という言葉が似つかわしい光景であった。



「……あっ」



 それを見て、俺は今更ながら思い出したのだった。彼女に見せられない様なものを一塊にしておくのは危険なので、複数の隠し場所を用意した事を。



 そして……その隠し場所の一つが、使っていない衣装ケースの底にしていたという事を。そんな重要な事を俺は、すっかりと忘却していたのだった。



 何で彼女に見つからない様に隠したのに、それが入ったものを彼女に作業として振り分けてしまったのか。



 あまりの考え足らずな行動に、目の前に石があれば、それに自分の頭を叩きつけたい衝動が湧き上がった。



 本当に自分でも思うほどに、どうしようもないと思ってしまう。



「それに……他にもこれとか、これも」



 そして追い打ちを掛ける様に、彼女は一番上にあった本以外にも数冊、俺にへと見せてくる。



 小説や漫画と、種類は多数はあったがその中身はほとんど同じ様なものだ。いずれもエロ本という枠に収まる様な本ばかりであった。



 俺がいない少しの間に、彼女はこれだけの本を探し当てたというのか。



「まーくんには私がいるのに、こんなものを持っているだなんて……」



 彼女が手に力を籠めた事で、持っていた本がどんどんひしゃげていく。



 その変形した本を床にへと叩きつけると、香花は紙紐を切る為に用意していたはさみを取り出してきた。



 それを空気を切るかの如く、ちょきちょきと開いては閉じを繰り返し、俺にへと徐々に近づけてきた。



「ねぇ……まだこれ以外にも、あるよね?」



「あの、その……」



「これだけじゃ……無いよね?」



「それは……えっと。……はい」



「せっかくの片付けなんだから、いらないものは全部捨てた方がいいと思うな」



「……はい」



「じゃあ、まーくんは今の作業が終わったら、それをやってね。どれだけ時間が掛かっても大丈夫だから♪」



「いや、でも……そうしたら買い物が……」



「どれだけ時間が掛かっても、大丈夫だから♪」



「……分かりました」



 その後、片付けという名の香花による検閲が俺の部屋にまで及び、彼女の手による徹底された焚書が執り行われる事となった。



 しかも書物だけで済む筈も無く、香花が駄目だと思うものは全て、一切の慈悲もなく捨てられてしまうのが決定してしまった。



 物置が片付き、香花が暮らせるスペースは確保出来たのだが、同時に俺の部屋も荷物の大部分が減る事になったのだった。



 ちなみに―――彼女の検閲は部屋の隅々にまで及び、徹底されすぎた結果、時間が無くなって買い物に行けなくなったのは言うまでもなかった。



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