第30話

 



「ごちそうさまでした」



 二人の食べ残しを俺はきっちりと完食し、空いた皿を店員に頼んで下げて貰う。



 その頃には、二人の口論にも決着が着いていた。勝敗は津田の勝利、神谷の負けであった。



 まぁ、当然の結果に落ち着いたと俺はそう思った。こういった争いにおいて、神谷が勝てるとは思わない。



 まさに順当な結果と言えるだろう。悔しがっている神谷を眺めつつ、俺は残っているコーヒーにへと口をつけた。



 そうして落ち着けたところで、俺達は話を戻していく。昼休みは長々とある訳では無いのだから。



「けど、さ……つくづく思うけど、そんな状況に追い込まれて良く助かったよな。それは凄いと思うぞ」



「それは……そうだな。俺も今回ばかりは、もう駄目だと覚悟したぐらいだよ」



 あの時の香花の目は、本気の目だった。決して冗談で行動しているものでは無かった。



 だからこそ、俺も必死になって助かる道を模索し、掴み取ろうとし、そして手にしたのだ。



 それが叶わなければ、こうして神谷や津田と話し、自由でいられる事は無かっただろう。



 あのまま俺の部屋で飼われ続け、長い時間を香花と二人で過ごしていたはずだ。



「でも、彼女さんは許してくれたんでしょ? 良かったじゃない」



「普通ならそこまで行けば、後には退けないもんな。助けてくれなんて言われても、聞く耳なんて持たないだろ」



「その辺に関しては、香花の温情に感謝すべきか……いや、監禁されかけたのに、感謝ってどうなんだ……? ちょっとおかしくはないか……?」



「いや、そこは素直に感謝しておきなさい。彼女さんが言うには、今回の件は非は依田にあるんでしょうから」



「普段の事はともかく、記念日の事をすっかりと忘れてたんだろ? それは怒っても仕方ないかもしれないな。……手段は別としてだけど」



「そうね。監禁するのはやり過ぎだけど、はっきりとさせてこなかった依田が悪いわね」



「……返す言葉もない」



 彼女のした凶行は褒められたものではないが、彼女が感じた事に関しては問題点は少ない。



 そんな二人の見解はごもっともである。流石に記念日の事を考えていなかったのは、悪手であった。



「で、その埋め合わせはどうするのかは決めたの? まさか、何もしないままで終わりにはしないでしょ?」



「そうだよな。記念日を忘れて、彼女にキレられて、それで解決されました、はい終了は駄目だろうしな」



「まぁ、それに関しては……俺もしっかりと考えてるよ」



 あの後、俺は記念日を忘れていた事に関しては、香花に素直に謝った。それも土下座をしてでだ。



 やっぱりというか、当然というか。彼女は俺が記念日を忘れている事は気づいていたのだ。



 それも気づいていたのは、あの日の朝の段階である。あの時点での反応を見て、香花は分かっていないと見破っていたのだろう。



 だから、俺がどんなに必死に誤魔化そうとしても、彼女の目からしたら滑稽な姿に映っていただろう。



 それが余計に、香花の怒りの炎に油を注ぐ結果となってしまったのだ。



 全く……自分の事ながら、浅はかな考えで行動するべきでは無かった。と、今になって俺はそう思ってしまう。



 しかし、それでも彼女は―――



『いいよ、許してあげる』



 と、寛大な心でそれを許してくれたのだ。



 ……いや、監禁まで至ったのだから、寛大な心とそれを表現してしまってもいいのだろうか。



 寛大という事は、むやみに人を責めない事を言う。監禁されているのだから、物凄く責められてると思うが……。



 まぁ、いい。そうかそうでないかの議論はまた、暇を見つけて今度にしよう。



 今はそんな事を考えているのは、無駄に時間を消費するだけだ。話を進めよう。



「とりあえず、今度の週末に香花と買い物に行く事にしたよ。償いというか、お詫びのデートというか……そんな感じだな」



「へぇ……依田にしては、無難なプランね。悪くないわよ」



「まぁ、な。昨日の津田のアドバイスを参考にさせて貰ったからだよ。それを聞いてなかったら多分、今もまだどうしようかと考えてたと思う」



「……それはいくら何でも考え過ぎじゃないかしら」



「いや、依田ってこういう事は直ぐに決められないタイプだからさ。考えが纏まるまでに、時間が掛かるんだって」



「あぁ、なるほど。それもそうね」



 先程は口論していたというのに、変なところで意見を一致させる二人。



 まぁ、確かに優柔不断なのは俺も自覚しているが、本人がいる目の前でそれを言わなくても……。



 これは遠回しな、仕返しとでもいうのだろうか。気分を害して食欲を無くさせた恨みが、俺にへと襲い掛かってるのだろうか。



「とにかく、しばらくは彼女さんに気を遣ってあげなさい。じゃないと、また同じ事をされるかもしれないから」



「……それは、嫌だな」



「なら、誠意を見せなさい、誠意を。相手に良く見られたいのなら、仕事だろうとプライベートでも、そこは共通してるところでしょ」



「頑張ります……」



 俺はそう言ったところで、左手に巻いている腕時計にへと視線を向けた。



 話も終わり、結論も出た。時間もそろそろ戻らないと、昼休みが終わる頃である。



 ここらで切りにして店を出るには、ちょうどいいタイミングだと思った。



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