2章

第8話

 



 という訳で、香花と知り合ってから即日で付き合い、それから直ぐに同棲を始めて半年が過ぎ、現在にへと至るのである。



 何かもう、ね。怒涛の半年間だったと思う。人生の中で一番濃密な期間を過ごしただろう。



 ほとんどが彼女によって振り回され、そして俺が苦労するという。そんな日々が毎日続いたのである。



 最初の内はそれはもう酷かった。気苦労や精神的な疲れから、頻繁に頭痛や腹痛に悩まされたものである。



 なので、あの頃は頭痛薬や胃薬を手放せなかった。香花の見ていないところで、こっそりと飲んでいたのだ。



 今まで健康体で通してきたというのに、常備薬を持ち歩くという経験を、彼女によって初めてさせられたのだった。



 しかし、それだけ付き合いを重ねていけば、自然と体や心は物事に対して慣れてしまうものだった。



 今では当たり前の様に、彼女と接する事が出来る。彼女の無茶振りを、無理だと言わずに受け入れる様になってしまった。



 全く慣れというものは怖いものである。あの頃の俺からすれば、彼女と普通に接する事は無理だと思っていたし、考えていた。



 それが今ではこの様だ。なので、これは進歩したと言えよう。……嫌な進歩ではあるが。



 悲しい事に、着々と彼女によって俺も毒されてきているのだろう。



 そして香花とこれまで過ごしてきた事で、いくつか分かった事がある。分からなくても、彼女が勝手に話してくれるので、嫌でも知ってしまうのだ。



 ……そもそもの話、彼女の事を何も知らないで付き合い始めるというのが、普通に考えてまず異常なのだけど。



 愛澤香花。6月10日生まれの女の子で、血液型はAB型。



 背は俺よりも低く、150センチ前半程度。体重は……秘密との事だった。それでも細身な体型から、軽めであると推測できる。



 つぶらな瞳が印象的で、あまり日に焼けていない白い肌は清純さを思わせる。



 ……まぁ、中身はそれに反して真っ黒ではあるが。それもタールばりのどす黒さだろう。



 髪は茶黒色で、腰の高さまで届くのぐらい長さ。普段は髪を下ろしてはいるが、時偶に髪型を変えている時もある。



 香花と外に出掛ける際には髪を短く纏めたり、ポニーテールだったりする時もあった。



 そして童顔で容姿が幼いので。外見だけで言えば未成年にも見える。しかし、年齢は今年で21歳になるようだ。一応、成人はしているみたいである。



 これでもし彼女が未成年であったら、今以上の厄介事として俺は苦労する事になっていただろう。成人してくれてて、本当に良かったと思う。



 21歳だと、俺よりも4つ年下だという事になる。ちなみに俺は今年で大卒三年目の25歳。




 それだけ年が離れているのにも関わらず、何で俺は彼女に屈しているのか。



 それを考えると悲しくなるので、出来るだけ考えない様にしようと思う。



 都合の悪い事は、そうしてしまうのが一番であろう。……情けない話ではあるけれども。



 それから今現在は特定の職には就いてはいない。所謂、無職というやつだ。フリーターと言ってあげた方がいいのだろうか。



 なので日中の大半を家で過ごしているのが、今の彼女の生活である。



 家庭を支える主婦として頑張るからと意気込んでいたので、彼女の中ではそんなポジションに落ち着いている様だ。



 ただ、俺達はまだ結婚はしていないので、主婦というのは間違っていると声を大にして言っておきたい。



 ……まぁ、あくまで心の中で言っておくだけだが。面と向かっては言えはしないから、ここだけの話にしておく。



 その際に何をしているかは、詳しくは詮索しないでおこうと思う。



 俺の知らないところで何か恐ろしい事でもしているのではないかと思うと、怖くて聞けないのである。




 ただ、一年前まではどうも大学に通っていたみたいである。元大学生だったと、彼女が以前に聞かせてくれたのだ。



 自分で退学届けを出して中退したので、籍はもう残ってはいない様である。



 そこで何で辞めたのかが気になって、その理由を聞いたのだが、本人曰く……



『あのね。まーくんを追っ掛ける為に、大学を辞めたんだよ』



『大学で勉強するよりも、まーくんの事を調べる時間の方が欲しかったんだ』



『そのお蔭で、まーくんの事をいっぱい知る事が出来たんだよ。えへへ♪』



 との事だった。……本当かどうかは分からないが、行動性が意味不明過ぎたので、それ以上は話題として触れない事にした。



 それにしても、香花はどこで俺の事を知ったのだろうか。これまでの人生の中で、彼女との接点は一度も無かったと思う。



 近所に住んでいて、俺を知っていたとかは考えられない。彼女とは住んでいた地域が全くと違うのだから。




 学校が同じで、それで知っていたというのも違うだろう。俺と彼女は4つも歳が離れているので、関わる事はまず無いはずだ。



 そもそも俺の過去を知っていれば、彼女の性格からして、その当時の思い出話を語りかけてくると思う。



 しかし、そういった話を俺は一度も聞いた事が無い。香花が教えてくれるのは、ここ数年の話に限られるのである。



 気が付いた時にはもう既に彼女によってストーカーされていたので、その理由は俺には分からない。



 一度だけではあるが、香花にそれとなく聞いてみたのだけれども、詳しい事は教えてはくれなかった。今になって思えば、相当に無茶をしたものである。



 下手をすれば泥沼にはまり込む可能性もあったが、そうはならなくて本当に助かった。



 そんな感じで香花の事を少しずつは分かる様にはなってはきているが、まだそれはほんの僅かな情報だ。



 本当の意味では、彼女の事を知るのは難しいのかもしれない。



 彼女についての情報が多ければ多いほど、俺の身の安全は確かなものとなる。だが、その反面……知れば知るほど、彼女から逃げられなくなるのも確かである。



 俺はそのギリギリのラインを行き来しつつ、現状の生活を維持していかなければならない。



 その均衡が崩れた時、俺の生活は破綻するだろう。間違いなく、彼女の手によって成されてしまう。



 そうならない為にも、今日も俺は彼女と繰り広げるのだ。人生を賭けた危ないシーソーゲームを。若干、俺が不利なルールではあるけれども。



 香花を怒らせはしない。機嫌を損ねても駄目である。俺はそれを肝に銘じつつ、今日も一日を無事に過ごしていこう。



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