第3話

 



「あなたが……好きです。大好きです。私と、付き合って下さい」



 彼女はそう告げると、俺にへと目いっぱい頭を下げた。香花からそう告白されたのは、今から半年前の事である。



 自宅の前で俺を待ち伏せ―――待っていた香花は帰ってきた俺にへと歩み寄り、そして自己紹介をした後に告白したのだ。



 普通であれば、この唐突に起こった恋愛イベントに対し、俺は心から喜んでいたであろう。



 何せこれまで、彼女という存在がいた事の無い灰色の人生を送ってきていたのだから、当然とも言えよう。



 誰もが一度は思い描く、妄想染みたイベント。それが実現する可能性はその人の人生にもよるが、限りなく低いものだ。



 それが今、現実となって起きている。しかし、俺はその状況を喜ぶ事が出来なかった。



 その告白を受けて俺が思った感想は『あぁ、遂に来てしまったか……』というものである。



 ちなみにこの時点での俺と香花の関係性は、友達でも知り合いでも何でもない。赤の他人、その一言に尽きる。



 俺は自己紹介をされるまで、彼女の名前すら知らなかった。存在を知ってはいたものの、それ以外の全ての事を知らなかったのだ。



 話しかけられたのも、実はこれが初めてである。何故ならば、香花はいつも俺の事を尾行するだけで、近付いては来なかったからだ。



 そう、香花はストーカーなのだから。遠目から眺めているだけで、決して近寄りはしない。安全圏から妖しい笑みを浮かべつつ、俺を見ているのである。



 そんな日々が長い事続いていたが、どういう事か彼女は俺の目の前にへと現れたのだ。そして、告白までしてきたのである。



(これは、通報すべきなんだろうか……)



 ストーカーされているという実害を報告し、彼女を法的に拘束して貰う。



 これまでにも何度かはその手段については考えた。しかし、それは最終手段としていたが為に、実行される事は無かった。



 それに、下手に通報して彼女の怒りを買い、後に報復される可能性もあった為、慎重に動いた結果が今の状況でもあった。



(しかし、どう答えたいいんだ……)



 出来るだけ穏便に事を済ませれないかと、俺は冷や汗を垂らしつつその方法を模索する。



 だが、そんな都合の良い考えは直ぐには浮かばない。そもそも俺は、そこまで頭の回る人間では無いのだ。



 そうして考えている内に、彼女は下げていた頭を再び元の位置にへと戻した。その表情には不安が色濃く浮かんでいる。



 何時まで経っても答えが返ってこないのだから、それは不安になるかもしれない。



 ただ、俺はそれ以上に不安な気持ちになっている事を察して欲しい。



「あの……どう、かな……?」



 香花はそう言うと、首を傾げて俺にへと問い掛ける。その仕草は可愛らしいと言うべきだろう。



 正直、容姿だけで見れば即答で付き合っても良いと思えてしまう。



(いや、駄目だ駄目だ。この女の子は、俺をストーキングしてたんだぞ……)



 俺は頭を振り、即刻その考えを思考の外にへと捨て去る。



(よし、断ろう。ここできっぱりと男らしく断るんだ)



 俺は決意し、香花の目をはっきりと見つめる。そして彼女にとっては残酷な言葉を口にしようとした。



「……あっ、そうだ」



 しかし、それは彼女のその一言により遮られる。何かを思い出したかの様に手を打ち、そう言ったのだった。



「実は、ね。今日は……お手紙を書いてきたんだ」



「お、お手紙……?」



「うん、そうだよ」



 香花は肩から下げているポーチを手に取ると、そこから目的の物を取り出そうと中に手を入れる。



 お手紙と聞いて、俺が連想したのはラブレターだった。今は告白されている最中なのだから、その考えに至ってもおかしくは無い。



 何か言葉にしにくい事を文書にしたためてきたのだろうかと思い、俺は彼女が手紙を取り出すのを待った。



「えっと、ね……あ、あった。はい、これです」



 香花は取り出した手紙を、真っ直ぐ俺にへと差し出す。よく見ればそれは手紙では無く、白い封筒であった。手紙はおそらく、中に入っているのだろう。



 あまり受け取りたくは無いが、話を進めるには受け取った上でこれを読むしかない。



 仕方なく、俺は差し出された封筒を渋々受け取り、それを読む為に目の前にへと近づける。



(……ん?)



 そして近づけて見ると、封筒の表面には何かが書かれている事に気づいた。それと同時に背筋に冷たいものが走っていき、俺は戦慄する事となった。



 そこにはこの場において、最も相応しくはない言葉が書かれていた。何故にその言葉が書かれているのか。



 何で好きだと言った相手に対して、『遺書』と書かれた封筒を渡すのか、その行動の理由が俺には全く分からなかった。



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