第8話 咆哮の正体

 突如聞こえてきた咆哮に男達は慌てふためき、ミア達と一緒にいる見張り役の男は「は、はやくだせ」と御者の男に叫んでいる。ミアと子供達も恐怖に身を竦めていると、突然大きな衝撃がきて馬車が横転した。

 ミア達が強かに身体を打ち付けて痛みに唸っている間に見張り役の男は馬車から出ようとしていた。男が出ていくとアルバートが外の様子を伺うように扉に近づいてく。

 ミアも恐る恐るアルバートの傍に行くと、外からは獣の唸り声や男達の罵声や叫び声などの喧騒が聞こえてきてくる。そしてここからでは獣の姿は見えないが壊れた馬車と倒れている男が目にはいり、思わずアルバートの服を握りしめていた。


 アルバートが外に顔を向けたまま呟く。


「今なら、逃げれるよ」


 しかし気丈に振る舞うアルバートの手が震えていることに気づき、ミアは『怖いのはアルバートも一緒なんだ』と思い至る。


 きっと今しか逃げ出せる機会はないだろう。助けを期待出来ないのなら自分達で何とかしないといけない、そう思うと自然と口を衝いて出ていた。


「そうね‥‥‥‥逃げましょう」


 ミアとアルバートはそう決意すると、震えて身を寄せあっている三人の子供達にも一緒に逃げようと声をかける。しかし子供達は怯えて動こうとせず、泣きそうな顔で首を横に振るばかりだった。その為ミアとアルバートは子供達を残して二人だけでここから離れることにする。


「行こう」


 そう言ってアルバートが外の様子を確認して馬車から出ようとした丁度その時、二人の目の前に男が吹っ飛ばされてきた。


「ひっ」

「うわっ」


 二人の喉から悲鳴が漏れて足がすくむ。

 男が飛ばされてきた方を見ると巨大なトカゲのような魔獣の姿が目に入る。身体はくすんだ緑色の鱗で覆われていて、鋭い爪と牙があり、今まさに長い尻尾で男を払い飛ばそうとしていた。


 嫌な音を立てて男が地面を転がっていく。

 よく見ると男達のうち三人は既に倒れていて、魔獣と戦っている男達も無傷ではないようだ。

 ミア達の前を走っていた馬車は壊されて、中に乗っていた子供達がどうなっているのかも分からない。

 アルバートは周りの惨状に声がうわずる。


「ここは‥‥‥‥危険だ! 早く離れよう」


 ミアは頷くと無意識のうちに、今にも馬車から飛び出して行きそうなアルバートの腕を掴んで引きとどめていた。アルバートが驚いてミアに顔を向けると、その視線の先にある子供達の姿に気がついて、しばらく逡巡してから子供達へ近づいていく。


「ここで死ぬのを待つか、僕達と一緒に逃げるか‥‥‥‥自分で決めるんだ」


 子供達が動揺して落ち着きなくお互い顔を見合せるがアルバートに答えるものはいない。待ちきれなくなったアルバートが口を開こうとした時、三人の子供達の中では唯一の男の子が「僕も行く」と立ち上がる。それを見て残りの子供達も「私たちも連れていって」と泣きそうな顔で立ち上がった。





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