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 雷鳴のような音が轟き、彼らの直上を次々に四つの機影が通り過ぎていく。


「三沢のF-16ですね」真上を見ながら、小林一曹が言う。


「第三の壁だな……だけど、F-16ってX-47Bと同じエンジンだろ?それで勝てる見込みがあるのか?」と、天田二尉。


「正確に言えば同じじゃないです。確かに形式はどっちもP&WのF100ですが、X-47Bのエンジンにはアフターバーナーがないんで、F-16よりも推力は劣ります。それに、F-16なら格闘戦ではF/A-18Dホーネットよりも強いかもしれない。なので勝機もなくはないんです、が……」


「が……なんだよ?」


「X-47Bの排気ノズルは推力偏向タイプです。だから機動性能はかなり高い。隊長も見たでしょ? あの、サーカスのようなとんでもない動き」


「ああ、確かに」


「だけど、自分はどうもそれだけじゃない気もするんです。アフターバーナーなしであんな動きをしたら、すぐに運動エネルギーを食いつぶして失速しますよ。たぶん、アレは推力を増強するブースターか何か積んでますね。かなり魔改造されてるみたいですよ」


「……お前って、ほんと戦闘機マニアだよな」天田二尉が呆れ顔になる。


「敵を知り己を知れば、ってヤツですよ」


 そう答えたものの、小林一曹は心の中で独りごちる。


 "そりゃ俺だって、できれば戦闘機パイロットになりたかったよ……高所恐怖症じゃなければ、さ……"


 若狭湾上空では、F-16 4機対 X-47B の戦いが始まっていた。


 しかし。


「あれ……何やってんだ?」空を見上げながら、天田二尉。「連中、誰も目標を攻撃しようとしないぞ? 何を恐れてんだ? 敵には空対空装備はないんだろ?」


 彼の言うとおり、F-16はどの機体もX-47Bの周りを横切ったり周回したりするだけで、近づこうとする気配すらなかったのだ。


「たぶん、マイナスG機動を警戒してるんですよ」と、小林一曹。


「マイナスG機動?」天田二尉が彼に振り向く。


「ええ。例えば、スプリットSってありますよね。あれ、普通は機動に入る前に機体を180度ひっくり返して背面にするんです」


 小林一曹は身振り手振りを加えて続ける。


「こうすれば機動時にかかるGがプラスになります。人間も機体もプラスなら6Gでも7Gでも耐えられますが、マイナスだと人間は2Gくらいが限界ですからね。でも、後ろから見ていれば、背面になった時点で前の機体がスプリットSを打つのが容易に予測できます。ところが……無人機なら、原理的にはいくらでもマイナスGに耐えられますから、機体を背面にせずいきなりスプリットSに入ることもできるんです。これ、目の前でやられたら、なんの前触れもなく突然消えたように見えますよ。おそらくマリーンズはこれにやられたんじゃないですかね」


「なるほどな。だから連中は近づこうとしないのか」


「そうだと思います。だけど……ミサイルは効かないし、ガン攻撃するなら近づかないといけない。だけど近づいたらマイナスG機動で逃げられる。だからあんな風に手詰まり状態が続いているんです。でも、連中もちゃんと考えてます。敵機がこちらに来ないように上手く牽制していますよ。さすがですね」


「そうなのか……ん?」


 天田二尉が見上げた方向に小林一曹も視線を移す。X-47Bがいきなり急加速して、一機のF-16に真っ直ぐ向かっていた。


「やばい! あれ、体当たりするんじゃないのか?」天田二尉が目を丸くしながら言う。


 "そんな、バカな……"


 小林一曹にはとてもそうは思えなかった。原発を攻撃するというミッションを遂行しようとしている敵が、F-16たった一機を道連れにするだけで終わる、なんてことがあるだろうか。


 結果は彼の思惑通りだった、X-47BはF-16の鼻先をかすめて飛び去っていった。


「ふう……びびらせやがって……」天田二尉は小さくため息をつく。


 しかし。


「いや……待ってください。様子がおかしい」


「え?」


 小林一曹の声に、天田二尉は再び空を見上げる。


 X-47Bに狙われたF-16の排気ノズルから、黒煙が吐き出されていた。そして、機首が下がると同時にキャノピーが吹き飛び、パイロットが脱出する。


「嘘だろ……」天田二尉の声が上ずる。「撃たれたのか?」


「いや……違いますね。F-16がサージングを起こしたんです」


「サージング? エンジントラブルか?」


「そうです。エンジンに空気が入らなくてタービンが空回りして、ついに壊れたんですよ。敵はわざとF-16の目の前を高速で横切ることで、そのエンジン手前の気流を乱したんです。ジェットウォッシュ(後方気流)も浴びせたかもしれませんね。それで、あのパイロットはまんまとその罠に引っかかってサージングを起こしてしまった。すごい……あんなことまでできるなんて……」


「ちょっと待て。ということは、F-16の包囲網に、一つ穴が開いた、ってことだよな?」


「!」


 その天田二尉の言葉は、非常に重要な事実を意味していた。小林一曹は慄然とする。


 とうとう、彼らの前の壁が、全て突破されたのだ。

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