3

 大山村上空、一万フィート。


 この高度ではさすがに粘液は届かない。大きく旋回しながら、榊二尉は真下の様子をうかがう。


 この高度でも、「ナメラ」の巨体は完全に識別できた。しかしそれは、山に囲まれた盆地の真ん中にいる。戦闘機で近づくのは至難の業だった。それでも、やるしかない。二尉は無線のスイッチを入れる。


「"サム"、最初の手はず通り、俺がアイボールおとりとなる。こちらがヤツの注意を引きつけている間に、目標を撃破しろ」


「了解です、"リョウ"さん。ところで……一つ質問があるんですが」


「なんだ?」


「レーザーって、発射のコール、何なんですかね?」


「……」


 榊二尉は拍子抜けする。しかし、こんな状況でも萎縮せずにこのような間の抜けたことを言ってのける"サム"だからこそ、頼りになるのだ。


「誘導兵器じゃねえんだから、フォックス・スリーでいいだろ」


「了解です」


「ようし、レッツ ゴー! ゲート(最大推力)、ナウ!」


 二機のF-15Jは共に左に機体を傾け、降下を開始する。左右のスロットルレバーは、アフターバーナー、ゾーン5ポジションへ。


 先頭を切る榊二尉の機体が「ナメラ」に近づいていくと、早速粘液が飛んできた。


「うわっ!」


 榊二尉は操縦桿をランダムかつ小刻みに動かし、フレアを放出しながら巧みに粘液をかわしていく。別に粘液が赤外線誘導で飛んでくるわけではないが、光り輝くフレアを放出すれば、よりヤツの注意を引きつけられるのではないか、と彼は考えたのだ。


「フォックス・スリー」


 神保三尉のコール。そして、「ナメラ」の頭部がビクン、と跳ね上がる。右側のツノの先端から煙が上がっていた。


「やった!」


 榊二尉は快哉を叫ぶ。


 しかし。


「メイディ!  メイディ! メイディ!」


 神保三尉の声だった。


「!」


 榊二尉が振り向くと、神保三尉のF-15Jがべったりと粘液に覆われていた。空気取り入れ口エアインテークが塞がれたのだろう、その機体は明らかに推力を失い、黒煙を引きながら墜落していく。


「"サム"! ベイルアウト(脱出)しろぉ!」榊二尉は無線にありったけの大声で叫ぶ。


「ロギー12、イジェクト! イジェクト! イジェクト!」


 その声が榊二尉のヘッドフォンから流れた次の瞬間、神保三尉のF-15Jのキャノピーが吹き飛び、射出座席イジェクションシートのロケットモーターが作動。三尉は座席ごと空中に放り出される。


「ふぅっ……良かった」


 三尉のパラシュートが開いたのを見届けて、榊二尉は安堵のため息をつき、ヘルメットのバイザーを上げて額の汗を拭う。


 "それにしても……"


 安全な高度まで上昇しながら、榊二尉は考えていた。


 敵は思った以上に手強い。"サム"も攻撃後に回避機動を取ったはずだが、もう一つのツノが生きていたために彼は捕捉されて攻撃を受けたのだろう。しかし、やはりDEW モジュールはかなり効果的だ。俺が積んでいるモジュールで、残りのツノを攻撃してやる。


 高度八千フィートで反転し、榊二尉は再び攻撃態勢に入る。今度はフレアを放出して目立つようなことはしない。急降下しながら小刻みに針路をずらしつつ、目標のツノを目指す。


 一つツノが死んだせいか、「ナメラ」の攻撃は先ほどよりは激しくなくなっていた。しかし油断はできない。用心しつつ榊二尉は「ナメラ」の頭部に向かっていく。HUD のピパ―(目標円)の中心にツノの先端を捉える。二尉はトリガーを引き絞る。


「フォックス・スリー」


 しかし。


「あ、あれ?」


 モジュールは沈黙したままだった。


「あぶねっ!」


 機体をかすめるように飛んできた粘液を、すんでのところでかわした榊二尉は再び全力で上昇する。もう一度トリガーを引いてみる。モジュールは作動しない。


「壊れたのか……? ちくしょう! 使い物にならねえな!」


 第1回の攻撃の際に、大きなGをかけて回避機動をしたのが良くなかったのかもしれない。しかし、これはあくまで試作品なのだ。あまり文句も言えない。榊二尉はモジュールを廃棄ジェトスンする。


 "残された武装は、20ミリバルカン砲。しかし、銃弾による攻撃はあまり効果が無いことが分かっている。どうしたらいいんだ……"


 "あの突き出ているツノを、切り落とすことでもできればいいんだが……"


 "……待てよ。切り落とす? ああっ!"


 榊二尉の脳裏に一つのアイデアが閃く。早速彼は行動を開始する。


 が、その前に、彼にはやらなくてはならないことがあった。


 まずは燃料を投棄。主翼内の燃料タンクを空にする。


 そして。


 "この機体の封印を……解く!"


 いささか中二病ぽい、と思いながらも、榊二尉はキャビンの左側にある、「Vmax」と書かれたスイッチを入れる。


 Vmax。


 それは、F-15 の能力を最大限に発揮させるモードだ。これにより、通常よりも飛行性能が向上するが、その代わりに機体にかかる負荷も大きくなるため、このスイッチを使った後はエンジンの点検が必須となる。しかし、もはやそんなことを気にしている状況ではなかった。


 榊二尉の脳裏に、この機体の機付長きづけちょう(機体整備担当者)の八代 奈美二曹の顔がちらりと浮かぶ。


 "奈美ちゃん……ごめん。この機体……ぶっ壊す!"


「行くぞ!」


 スロットルをゾーン5へ。三度目の突入。オーバーGの警告をものともせず、榊二尉は派手に機体をロールさせながら、目標との衝突コースをまっすぐ突き進んでいく。


「ロギー11! 特攻する気か? やめろ!」


 レーダーを通じて榊二尉の機体を見張っていたのだろう。鳥居二佐の声が無線を通じて彼の鼓膜に突き刺さる。


「"キング"さん、特攻じゃないです。信じてください」


 無線にそう言い捨てて、二尉は正面を見据える。


「ナメラ」のツノが凄まじい速度で大きさを増す。目標まで10メートル。


「くらえ!」


 衝撃。そして、警告音。

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