第22話

 学校へ行く支度をして1階へ降りると丁度母が仕事へ行こうとしていた。


「あら、おはよう。 朝ご飯はそこに置いてあるから食べて行きなさい」


 食卓に目をやるとコンビニのおにぎりが1つだけ置いてあった。


「……また遅くなるの?」

「そうね。 今日も1人で食べてくれる?」

「母さん、あのさ……」

「ごめんね、もう行かなきゃ。 じゃあ家の事はよろしくね」


 忙しなく靴を履き家を出る母を僕はぼんやり眺めていた。ずっとこんな感じで僕の話を聞いてくれない。それに、僕は知っていた。最近父と母は顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。そしてそれが父の浮気のせいだという事も。近いうちに2人は離婚するのだろう。だけど僕はまるで他人事のように感じていた。だからこそ死のうと思った、全てがどうでも良くなったのだ。こんな生活は最早死んでるも同然だった。


「さっさと学校行こ……」


 僕は雑におにぎりの袋を破り捨て、口におにぎりを咥え玄関へ向かった。

 

 学校に着き、持ってきていた上履きと靴を取り替える。面倒ではあるが、靴箱に入れっぱなしにしていると隠されたり汚されたりして困るからだ。俯き加減に教室へ向かう。恐る恐る教室の扉を開くと案の定僕の席はびしょびしょにされていた。僕は深く溜め息をつき、持っていたタオルで机や椅子をを拭いていった。まだ油性ペンで落書きされてないだけ今回はマシだな、と思った。そんな僕をとある4人がにやにやしながら眺めている。僕をいじめている4人組だ。今日はせめて絡まれなければいいけれど……


 休み時間、僕は教室を出ようと席を立った。しかし、最悪な事にあの4人組に捕まってしまった。


「おーい、どこ行くんだよー?」

「ちょっと俺らに付き合えよ」


 今はお前らに付き合ってる時間はないと言いたい所だったが、反抗すれば余計酷い事をされるだけだと知っていた僕は大人しくついて行く事にした。連れてこられたのは屋上へ続く階段の踊り場だった。ここは普段誰も通る事がない。僕をいじめるのにはもってこいの場所という訳だ。4人のうちのリーダー格である三村が僕を壁際に突き飛ばす。


「お前さ、約束してた金は持ってきたわけ?」


 しまった。そういえばそんな事を勝手に約束されていた気がする。死ぬつもりだったし、変な世界に行っていたせいですっかり忘れてしまっていた。


「……悪いけど金はないよ」

「はあ? お前いっつも親にお小遣い貰ってんだろ? 嘘つくんじゃねぇよ全部出せ」

「ほんとだよ……今日は持ってきてない」


 昼までにはあの鏡の世界に戻るつもりだったし、お昼ご飯なんて要らないと思ったから貰ったお小遣いは家に置いてきてしまっていた。


「……お前、わざとだろ? 俺達に歯向かう気だな? 最近何しても泣かないしよぉ」

「そ、そんな事……」


 三村に胸ぐらを掴まれて壁に押し付けられるきっとこいつらは僕がどういう反応をしようといちゃもんを付けてくるんだ。何かを言い訳する前に殴られ床に倒れ込む。


「う、ぐぅっ……!」


 幸い歯は折れなかったようだが、唇が切れ血が数滴滴り落ちた。


「お前さぁ、ほんとさっさと死ねよ! 人様の役にも立てないとか生きてる価値ねぇよ」

「ぎゃはは! 三村厳し〜!」

「そうだぞ〜早く死ね〜」


 床に四つん這いになっていた僕の横腹に三村が蹴りを入れる。


「がっ……うぅ……ゔぉぇっ」

「うわっ! こいつ吐きやがった! きったね〜!」


 ……どうして、僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ。何も悪い事してないのに。何故僕が我慢しなくちゃいけないんだ。何故僕が死ななければいけないんだ。こいつらこそ死ねばいいのに。


「おやぁアリス。 随分と酷い有り様だねぇ」


 その場にそぐわない陽気な聞き覚えのある声。顔を上げると長い耳をぴこぴこさせながら楽しそうに笑うニコラスがいた。


「ニコ……ラス……?」

「はぁい! 皆大好きニコラスさんだぞぉ! ところでアリスは何してるんだい? もしかして床とキスする性癖でもあるのかい?」


 どうして学校にニコラスがいるんだ。まさかチェシャ以外のやつもこっちに来れるのか。


「これは……周りの時間が止まってる?」

「そうだよ〜僕らはこの世界の人間に見られる訳にはいかないからね〜アリスである君としかこうしてお話出来ないって訳!」


 あの4人はまるで人形のように動きをぴたりと止めている。僕は蹴られた腹を擦り徐ろに立ち上がった。


「何、しに来たんだ……」

「ん〜? 忘れ物を届けにきただけだよ! はい!」


 ニコラスは何かを僕の手に握らせた。ひんやりと硬く長いそれは銀の光を放っていた。ナイフだ。


「そのナイフはね、この世界では君以外に見えないようになっているんだ。 だけどそれは存在する……アリス、欲に忠実なのは決していけない事じゃあないさ。 欲に忠実って事は自分を大事にしてるって事だからね……」


 耳元でニコラスが静かに囁く。その声と言葉は僕の脳を痺れさせる。僕は……


choice


『自分に従う』→ep.23-1

『抑える』→ep.23-2

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