第8話 お仕事



 めぐり様から受けた仕事。

 それは彷徨える魂を見て、事前に報告書を作成する事。

 委任出来る人材がいない、新たに部署を増やす事が出来ない。そして亡者が歩み道程を複雑化もしくは簡略化する事も出来ないのならば、事前に判断材料を準備しておこうというのが、今回の試みである。

 亡者は死してから七日目に秦広王の元で判決を受け、その後も緻密にスケジュールが組まれており、先延ばしや前倒しての処理は出来ない。

 十王と面談してから尋問する事になると、一つの魂にかける時間も長くなってしまう。

 いくらメイとショウのような倶生神が、人間ないし死者の魂の傍にいるとはいっても、本来彼らは閻魔大王に提出する閻魔帳の作成を担っているため、他の事にまで手がまわらない。


 そこで僕、道幸 錬の登場である。

 一度あの世を経験した僕は、何の因果か霊視が可能となり、更に魂と会話出来るようになってしまったのです。

 まぁこの間、金髪リーゼントの幽霊さんとお話ししたのがその証明ですね。

 それを活かし、彷徨える魂についての報告書を纏めるとの事なのですが、如何せん僕のような若輩者が見た所で、それが善か悪かなど判断出来るはずがない。


「そ・し・て! 瑠璃ちゃんの出番なのでーす!」

「いや、勝手に人のモノローグに入って来ないでくれません?」

「いやん、だってそこは私がご説明した方が早いじゃないですかぁ」

 まぁこうゆう風に仰っている瑠璃さん、彼女の力が重要になってくる訳なのです。


 めぐり様は次代の閻魔大王。

 閻魔大王が亡者の裁判をする際、必ずと言って良いほどに使う物がある。

 それは鏡。亡者を映し出す鏡。亡者の生前の行動を映し出すばかりか、その人生が他人にどのような影響を与えたのかを露にする鏡。

 その名を『浄玻璃の鏡』。

 実は瑠璃さん、その鏡のお仲間だそうなのです。

 めぐり様の補佐をするのが彼女のお仕事なのだそうですが、今回僕がめぐり様の仕事を手伝う事となり、僕の所に来たと。

 もう少し静かな人、派遣してくれれば良かったのに……。


「もう! 何でそんなに疲れた顔していらっしゃるんですか? 私が癒して差し上げますよっ!」

「はいはい、もうすぐ到着だから静かにね」


 瑠璃さんの場合は姿形を変えるのが自由らしく、今は眼鏡の形をとって就いて来てもらっているのですが……。

「ご、ご主人サマと密着……ヤベッ、すっごい良いんですけど」

「……」

 静かに彼女を眼鏡ケースに直します。

 もうね、今からお仕事だっていうのに、この人攻めてきすぎですよ。


「ちょっとー、なんでですかー! もっとお肌とお肌のふれ合いトークしましょうよぉ」

 だからそうゆうとこが嫌だって言ってるんでしょうが。


 瑠璃さん、そして倶生神のメイとショウに手伝ってもらいながら、僕は仕事を遂行する事になった訳なのです。

 まずは手近な所からという事で、心当たりのある所から始める事にしたのですが。

 「まぁ、今度話しようって約束したしね」

 そう。病院を退院した日、公園からの帰り道で出会ったあの魂のことを思い出し、僕はそこまで足を伸ばしていた。

「そうは言っても、もしかしたらもう秦広王の宮殿に向かったかもしれないけど……」



「おーい兄ちゃん、久しぶり! っても昨日会ったばっかだけどな!」


「いたよ、バッチリいたよ!」

 彼はそこにいた。

 先日見たまま、特に変わりない姿でそこに『漂って』いた。

「どうも、昨日ぶりです。元気……って聞くのはおかしいですか」

「……もし本気で言ってるんだったら、マジセンスあるな。ビビるわ」

「デリカシーがない所も素敵ですね、ご主人サマ」

 一瞬垣間見た金髪リーゼントさんの表情があまりに恐ろしく、顔を引きつらせながらこう言います。

「……あーすいません」

 幽霊だから拝む訳ではない。

 生きている人と、特に変える事なく、友人に話すような気安い感じで僕はリーゼントさんに話しかけます。

「気にすんな、こうやってヤローと……いや人と話すんの久しぶりだったからな。嬉しくなっちまっただけだからよ」

「そうですか、それなら良かったです」

 見た目ほど怖くはない。

 トーマスに似ているなと少し思っていると、少し楽しくなってきたのです。 

 しかし僕は失念していた。

 僕は仕事をしにきたのであって、友達を作りにきた訳じゃないのだと。

「ご主人サマ。お仕事お仕事!」

 その瑠璃さんの声に、僕はようやくそれを思い出し、ケースにしまっていた彼女を取り出す。

「あ、うん……ちょっと待って」

「ご主人サマ、最初に言っておきますけど、『貴方様はあの人ではない』んですからね。それだけは肝に銘じておいてください」

「……うん」


 その時、僕はその言葉の意味をちゃんとは理解していなかったのです。

 それこそ、当たり前の事じゃないかとすら思っていたから、さっと聞き流す程度だったんだけれど、それがいけなかった事に後になって気付かされた。


 姿を変えた彼女を顔に掛け、正面から彼を見据えます。

 瑠璃さんを通してみる、彼が最初の魂になった。


「なんでトーマスに憑いてたんですか?」

「あぁ、あのリーゼントのことか? 偶然だよ。何か居心地良さそうだったからな」

「良いヤツですよ、アイツは……本当に良いヤツです」

「なんだ、ダチだったのかよ。良いダチ公じゃねぇか……マジでさ」


 瑠璃さんを通して見た彼の半生は『辛い』の一言でした。

 自分勝手に何でもやった。気に入らない物は排除し続けて来た。それが物ならば叩き壊し、人であれば殴って黙らせた。

 周囲の人から見ればまさに『出来損ない』や『不良』と呼ぶに相応しい生き方だった。

 親も、学校の教師も、小さな頃の友人も全員彼から離れていった。

 彼は孤独になってしまった。

 確かに彼の周囲には、同じように不良のレッテルを貼られた多くの仲間がいた。

 しかしそれは彼の孤独を埋めはしなかったのです。


 彼が本当に欲しかったのは、ただ自分の行いを諭し叱ってくれる人だったのだ。


「なぁ。死んでみて初めて後悔すんだぜ。マジで後の祭りってヤツだ。ホント……マジ下らねぇ人生だったぜ」

「ごめんなさい、何にも言えません……」

「しゃぁねえべ。あぁ、ホントにしゃぁねえべ」

 仕方ないと語るその言葉は、そこか今にも崩れそうに潤んで聞こえました。

 そうか、この人はずっと、後悔していたんでしょう。僕なんかに話をしても、きっとそれが薄れる事はないとは思うけれど。

 

 その後、色々話をした。

 女の子のこと、仲間の事、親の事……本当に色々話をした。

 一頻り話を終え、空を見つめながら彼が呟いた。

「さて、んじゃ行くかね。今から行くのは地獄のどこになるんだってな。やっちまった事が大事だけに、それなりに覚悟は出来てんだけどな」

「……さようなら」

「あぁ、最後に面白かったぜ。じゃあな、兄ちゃん」


 そう最後に告げて、彼は姿を消してしまいました。

 笑顔だった。憎しみも、悲しみも彼の見せた表情の中にはなかった。

 ただ、笑顔がそこにあった。


「ねぇ、瑠璃さん……」

「……はい、ご主人サマ」

 公園から家への帰り道、一人取り残された僕は知らないうちに、相棒の名を呼んでいました。

 眼鏡に姿を変えていたはずの瑠璃さんは、瞬きの間にいつも通りの姿に戻り、僕に笑顔を向けてくれていました。

 あぁ、ホントに、こんな時は……。

「ちょっと、分かった気がしたよ。何であんな事言ってくれたのか」

「えぇ。厳しいお仕事でしょう?」

「そうですね、簡単な仕事って思ってました。でも……」

「全然違いました?」


 そう。簡単だと思っていたのです。

 ただ見て、報告書を纏めるだけなんだから、数も沢山こなす事が出来ると思っていたのだ。

 本来『浄玻璃の鏡』は、亡者に対して自らの生前の行いを見せる為のモノだ。

 それこそ本人がひた隠した暗い記憶や痛ましい過去、その時に胸に抱いていた激情すら露にするモノだから。


 それを赤の他人である、ただ魂が見えるだけの僕が垣間見てしまうのだ。


「うん、キツいね。この仕事……」

 心が痛まないはずがない。苦しくないはずがないじゃないか。

 涙を目尻にためながら、僕はそんな弱気を口にしていた。

「それこそ割り切ってしまわないと、心が壊れてしまいますよ。私は貴方様が心配です」

 瑠璃さんはそう言いながら僕の手を取り包み込んでくれる。

 なんて優しい……優しい手なんだろう。

「ありがとう、ございます」

 普段は彼女に対してひねくれた言葉しか紡げないこの口が、この時ばかりは素直に感謝を口にしていた。

 確信していたんだ。この人がいないと、多分自分はダメになってしまうって。

「……いい」

「さ、次……行きますか」

「あぁん ! 私が妄想する時間も与えないなんて、さすがご主人サマ! もう興奮しっぱなしですー!」

 やっぱり変な人だけど、この時、僕は瑠璃さんを心の底から信頼出来るようになったんだと思う。


 これが、僕が初めて対話をした魂についてだ。


 手応えを感じていた。


 自分が何かを為しえたんだと、勝手な思い込みをしていたのだ。ただ急に与えられたこの力に優越感を憶えていた。

 そうだ。きっと調子に乗っていたのだ。難しい事だけど、コツさえ掴めばなんて事はない。


 そう思っていたのです。

 自分の無力さを痛感させられる出来事がすぐそこに迫っているのにも気付かずに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る