第四話「老練の魔女メリッサ」

「何回インターホンを押しても反応がない……。メリッサは生活習慣がまともじゃないし、今の時間は寝てるのかな?」


 とあるアパートの二階、一室を前にして政宗は何度インターホンを押しても応答がなく嘆息していた。


 放課後――今日は結人と予定が合わず、久々に一人での下校。普段なら路地に入って変身し、魔法少女の活動をするところだが今日は魔女「メリッサ」の自宅を訪ねた。


 しかし、インターホンを押しても応答がなく、政宗は「またか」と思う。


 なのでドアノブを回してみると、不用心にも鍵がかかっておらず扉が開く。


「……あ、メリッサいるじゃない! やっぱり、変な時間に寝ててインターホンにも気付いてなかったんだ。あんまり外出するタイプじゃないもんね」


 開いたドアから覗くのは一間しかない部屋。電気が点いておらず、光源はカーテンの隙間から差し込む陽の光のみ。


 そんな光景の奥――ベッドで上下スウェット姿の女性がお腹を出して眠っている。


 ――彼女が魔女、メリッサだった。


「おーい、メリッサ。起きてよ……って、うわぁ! また床にビールの空き缶を転がしている。本や服も散らかりっぱなし……出会った時はもう少ししっかりしてた気がするけどなぁ」


 政宗はこれが初めてではないため、遠慮なくメリッサ宅へと侵入。足の踏み場がない床に気をつけながら進み、部屋の電気を点けた。


 床を埋め尽くすありとあらゆる物を見回し、呆れた表情の政宗。


 声と点灯した電気の眩しさでメリッサは「んっ」と声を漏らし、目を覚ました。


「……ん? あぁ、政宗。もう、お前が来るような時間なのか?」


「もう昼下がりだよ。ボクも放課後になったから来たんだし」


「そうか。しかし、今日は政宗と会う日だったかな?」


「違うよ。ただ、今日はちょっと用事があってね」


「なるほど。まぁ、何であれ嬉しいぞ。私はこっちに友達がいないからな」


 寝惚けた表情のメリッサはベッドから半身を起こし、だらけた笑みで政宗を見つめる。


「それ、ボクが来る度に言ってるよね。とりあえず座る場所もないし片付けてよ」


「ん? そこに私が普段座っている空間があるだろう。それじゃダメか」


「もしかして、この一部分だけ床が見えてる場所のこと言ってる? ダメだよ、ちゃんと片付けて」


「ちぇ、ダメか。分かった分かった、片付けるよ」


 乱雑に頭を掻きながら政宗の要求を渋々飲んだメリッサは手を掲げ、指をぱちんと鳴らした。


 すると床に散乱するゴミや衣服が一斉にふわりと浮き上がり、メリッサはオーケストラを指揮するような指の動きでそれらをコントロール。


 彼女の指示に従って紙くずや空き缶はきちんと分別されてゴミ箱へ、衣服はクローゼットへと収納される。


 そして、掃除が終わると寝癖で乱れた髪に対しても指ぱっちんを行い、音に呼応して彼女の髪はうっすらとウェーブのかかったロングヘアとしてセットされる。


 これらは全て魔法、そして――メリッサが魔女だという証明だった。


 彼女は若葉を思わせる緑色の髪が印象的な二十代くらいの容姿。

 だが、これでも老練の魔女である。


「それだけの魔法が使えるなら毎日片付けなよ。綺麗な部屋の方が気持ちいいでしょ?」


「いやいや、人間界は大気中にマナがないんだ。そうなると魔法を行使するマナは私の体から支払うわけだぞ? 無駄遣いはよくない」


「無駄かなぁ? でも、大気にマナがないっていうのは普段からよく言ってるよね。wi-fi出てないから自分の通信量使わなきゃいけない、みたいな感じ?」


「そういうことだな。ギガが足らんのだ、ギガが」


 メリッサは首を左右に動かし、体をほぐしながら言った。


「とりあえず、飲み物を出そう。政宗、冷蔵庫から何か取ってきてくれ。好きなものを飲んで構わないから」


 メリッサの言葉に従って新品同様に使われていないキッチンへ。

 そして、冷蔵庫を開く政宗。


「好きなもの飲んでって、毎回ビールしかないじゃない! 部屋は汚いくせにビールは綺麗に並んでる! ボク、未成年だからお酒を飲むわけにはいかないんだけど」


「なら、魔法少女に変身して飲めばいい。あれは毒耐性もあるからアルコールを摂取しても未成年の体に悪影響はないぞ。……まぁ、耐性のせいでいくら飲んでも酔わないがな」


「いや、飲まないから……。それに飲み物は別に欲しくないし」


「そうか? まぁ、いいや。とりあえず私の分の缶ビールを取っておくれ」


「起きてすぐお酒飲むの!? 飲み過ぎたら体によくないんじゃない?」


 身を案じながらも缶ビールをメリッサに渡し、綺麗になった床に女の子座りで腰を下ろす政宗。


 缶ビールを受け取ったメリッサはお菓子をもらった子供のように表情をパァっと明るくする。


 メリッサは有能な魔女だが、昼間から酒を飲む駄目な大人だった。


「いやぁ、一日の始まりにはこいつがないとイカンな。まったく、私もこっちの世界にきてからはすっかり酒の味に溺れたものだ。魔法の国にはアルコールがないからな」


「どうせ一日の終わりにも飲んでるんでしょ……。それにしても魔法の国ってどんな所なんだろう? 魔法少女になったからってボクは多分、遊びには行けないんでしょ?」


「魔法少女は魔女から力を借りている一般人に過ぎんからなぁ。縁がない場所だと思っていいだろう。まぁ、そもそも私は興味を持つほど楽しい場所だとは思わんがな」


 ビールを一気に口へ運び「ぷはー」と上機嫌に息を吐くメリッサを見て、政宗は相当つまらない場所なのだろうなと思った。


「さてさて、アルコールも入れたところで本題といこうか。政宗よ、何か用があって来たのだろう?」


「うん、そうなんだ。実は昨日、ボク以外の魔法少女が現れてさ。確かマジカル☆ローズさんって言ったかな? ボク、他の魔法少女と会うの初めてだったから」


 政宗の不安そうな物言いにメリッサは顎に手で触れて「うーん」と唸る。


「なるほど。で、縄張り争いになってしまった感じだな。……私が管轄する街にもとうとう他の魔法少女が来たか。おそらく他の魔女共がポンポンと魔法少女を作っているから、食いっぱぐれが流れてくるんだろう」


「魔法少女を複数管理する魔女もいるんだ。知らないことだらけだよ。今まであんまり興味を持って聞かなかったっていうのもあるんだろうけど……」


「そういえばそうだったな。……よし、良い機会だし色々話しておくとするか」

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