第二話「二人目の魔法少女」

「次で最後にした方がよさそうだね。今日も九時終わりになりそう」


 普段回収している量のマナを集めた結果、いつもより時間がかかり顔に疲れが浮かぶリリィ。


 この仕事、一度ターゲットを見つければ回収は一瞬。だが、そのターゲットを探している時間がとにかく多く、最近は何故かマナ回収対象が減少しているせいで暇な時間がかさばっていた。


「そういえば夜まで活動してるけど家族とか心配してないのか? ウチは結構放任だから大丈夫だけど」


「心配ないよ。高校に上がってからはバイトしてる設定になってるから」


「高校入学してすぐバイトするやつとかいんのかよ……?」


 現在リリィは次なるマナ回収の現場を探して建物の屋上を足場に移動し、結人はおんぶされている。


 魔法少女の活動に同行する際、お姫様抱っこが厳しい結人は色々考えた。自転車で移動してリリィを追いかける方法や、定期を持っている強みを生かして電車を使っての行き来。


 しかし、どれも時間停止であっさりと物事を解決してしまうリリィの速度に間に合わず、やはり運ばれる選択肢しか存在していなかった。


 なので、お姫様抱っこよりは多少マシなおんぶで妥協したのだ。


「あ、反応があったよ! 次はあの公園みたい。しっかり捕まっててね、降りるよ」


「この絶叫マシーンみたいな急降下も慣れたなぁ。俺達、遊園地行っても楽しくないんじゃないか?」


「そ、それは……もしかしてデートのお誘いかな?」


「さっきのがデートのお誘いに聞こえるのか……。いやまぁ、俺も遊びに出かけられるなら行きたいけどな」


「いいね、どこか行きたい。……あ、でもボクはどっちで行けばいいんだろう?」


「え? 何だって?」


 リリィの言葉は急降下によるゴーっという風圧の音が掻き消し、結人には伝わらなかった。


 さて、そんなわけで本日最後のマナ回収現場となる公園へとやってきた。

 

 敷地内には遊具やベンチに公衆トイレと、ごく一般的。光源は点在する街灯にのみで薄暗く、月明かりにぼんやりと輪郭を与えられて遊具の形が不気味に浮かび上がっていた。


 降り立った結人とリリィは早速、広場の方に人影を見つける。


「あれが回収対象なのか? こんな所で何やってるんだろ」


「うーん、酔っぱらいとか?」


 予想を語りながら人影の方へと歩んでいく結人とリリィ。


 近付くにつれてはっきりとしてきた視界――その先には数人が気を失って地面に倒れていた。


 そして、そんな風景の中心にて佇む人影は二人に気付き、歩み寄ってくる。思わず足を止め、緊張感を胸に相手の動きを静観する二人。


 その人物は――街灯の吐き出す冷たい光の下、その姿を露わにした。


「あら、遅かったわね? ここにあるマナは全部――私が狩り尽しちゃったわよ?」


 自信に満ちた表情、そして強気な釣り目。

 しかし、それよりも目を引くのは彼女の姿。


 ――最初に受ける印象は青色。白を組み合わせた花弁のようなスカート、胸元を飾るハート型の宝石、さらには腰まで流れる髪さえも夜明け前を思わせる瑠璃色だった。


 衣装のデザイン、手に握られたステッキは色違いながらリリィとよく似ていて。それだけで、今から語られる自己紹介を結人とリリィは予測できてしまった。


「初めまして、この街の魔法少女。私の名前はローズ。魔法少女――マジカル☆ローズよ」


「ま、魔法少女!? ぼ、ボクと同じ――!」


 驚きで目を見開くリリィに、ローズは「ふふ」と上機嫌に笑った。


 ――二人目の魔法少女。


(確かに魔法少女が複数存在するとは聞かされてたけど……)


 しかし、この街に魔法少女はリリィしかいないはずだった。


「他所からやってきた魔法少女か。この自信に満ちた表情……駆け出しじゃなさそうだ」


 魔法少女のプロフェッショナルである結人はごくりと唾を飲んでローズを静観する。


 だが、一方でリリィはあっさりと警戒を解いており――、


「なんだ、魔法少女ならボク達は仲間だよね! いやぁ、初めて会ったなぁ。他の魔法少女なんて。……あ、初めまして! ボクはマジカル☆リリィだよ」


 ぺこりと頭を下げ、愛想よくローズに対応していた。


「そんなフランクに接して大丈夫なのか!? もっと警戒した方が……」


「え、ダメかな? でも、まだ素性も分からないのにいきなり警戒心剥き出しって失礼じゃない?」


「む。言われてみればそうなのかな……いや、本当にそうかぁ!?」

 

 素性が分からない相手への対応が真逆の二人。

 いつぞや政宗が言ったように、結人は心配性なのかも知れない。


 一方、ローズは肩をすくめて小馬鹿にした表情を浮かべる。


「仲間だなんて笑えるわね。馴れ合いなんてちゃんちゃらおかしいわ」


「ほら、絵に描いたような非協力的二番手だ! 俺の専門家としての勘がそう言ってたんだよ」


「専門家……って、あんた何なの? どうみても男だけど、もしかして魔法少女なのかしら?」


「俺が魔法少女に見えるなら今すぐ眼科へ行け」


「み、見えるわけないでしょ!」


 苛立った口調で返し、口元をへの字に曲げるローズ。しかし、すぐに得意げな表情へ変わり、どこか上機嫌に二人を見る。


「まぁ、別に構わないわよ。これからあんた達に降りかかる不幸を思えば同情できちゃうから許してあげる。あー、恐ろしい、恐ろしい」


 ローズは演技じみた口調で言った。


 降りかかる不幸――それはやはりローズがこれから行う所業のことなのだろう。


「てっきり縄張り争いしに来たのかと思ったけど、どうやらそんなレベルじゃなさそうだな……。一体、何をするつもりなんだ?」


「縄張り争いよりもっと上のことなの!? どうしよう……もしかしてピンチ!?」


 ステッキを両手で握りしめ不安そうなリリィと、深刻な表情でローズを静観する結人。


 二人の反応を受けて――ローズは小刻みに握った手を震わせていた。

 何かを堪えるような表情を浮かべ、爆発寸前のような紅潮さえ堪えて――、


「…………ばり…………そい、しにきたのよ」


 二人を睨みつけながらボソッと何かを口にした。


「え、何だって?」


 耳に手を添えてローズの方へと向ける結人。

 そのどこか小馬鹿にしたようにも見える挙動は追い打ちだったようで――、


「――うるさい、うるさい、うるさい! 縄張り争いしに来たのをあんた達に降りかかる不幸だって言ってんのよ! 悪かったわね、期待を裏切るような企みじゃなくて!」


 ローズの感情は爆発、二人を指差して怒鳴るように逆ギレした。


 怒り狂った様子におどおどした態度を見せるリリィ。

 一方で結人は拍子抜けしていた。


(何だろう……あんまり悪いことできるやつじゃないのかな? ……いや、縄張り寄越せって言ってる時点で普通に敵なんだけど)


 どうやら二人の高い予想を超えられず謎の恥をかいた形になったローズ。喚き散らしたからか呼吸が荒いながら、少しずつ冷静さを取り戻す。


「はぁ、はぁ……とりあえず明日からあんた達が回収できるマナはないと思いなさい! ……まったく、殊勝な態度で出るなら分けてあげようと思ったけどもう知らないわ。後悔しても遅いんだから!」


 耳を刺すような甲高い声で告げると、ローズは背後に高く跳躍。街灯を足場としてさらに高く飛び、闇の中に紛れて消えてしまった。


 去っていくローズを見送る結人とリリィ。


「ローズさんがこの街にやってきたからマナ回収の対象が少なくなってたんだね。でも困ったなぁ……もうボク達が回収できるマナはないって言ってたよ?」


「流石に体一つで独り占めはできないだろ。ただ、一つの街に二人も魔法少女がいるってのは厄介だな」


「だよね。ちょっとこれはボクを魔法少女にしてくれた魔女――メリッサに相談してみるしかないのかも」

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