敵性存在

「お兄ちゃん。お兄ちゃん」

「なっなんだ?」


薄く目を開いた。

そこは、コンクリートジャングルであったはずの見慣れた景色ではなく。まるで時代を遡ったかのような古い建物群が立ち並ぶ場所だった。

夜中であったはずなのに空は夕焼け色をしていて、背の高い建物がどこにもない。どこもかしこも平屋で、区画整理されているのか、綺麗に並んでいた。


「!?」


理解不能の現状に頭が混乱してしまう。

なにがどうなったら暗闇からこうなるのかが分からない。異世界召喚でもされたのではないかと疑うレベルである。


「来るよ。気をつけて」

「来るよってなにがだよ!?」


目を開いたら変な場所。以上の出来事が訪れるって言うのかよ。これ以上は脳がキャパオーバーで思考停止するぞ!!


「あそこ!」


指差す先には犬が居た。

黒色の犬は、先程の靄を想起させる。

遠く離れているはずなのに、犬だと認識出来ることに驚きながらも、犬相手に慌てすぎなのではと少し笑みを浮かべてしまう。

状況はまるで分からないけれど、事情を知っている様子の七機が居るのであればなんとかなるだろうと楽観視してしまうのだ。


「説明するから逃げるよ」

「ただの犬だろ? 可愛いもんじゃないか」


動物は嫌いではない。

動物園にも時折足を運ぶ。小動物は撫でていると気持ちが落ち着くので好きな部類だ。


「あれを見ても可愛いって言えるの!?」

「あれ?」


犬に再び視線を送る。

こちらに向かって走る犬が、だんだんと大きくなっているようだ。

いや、あれ……家より、でかくないか?


「逃げるぞ!!」

「だ・か・ら! そう言ってるだよ」


脱兎の如く走り出す。

距離は目測で一キロくらいありそうではあるが、家よりも巨大な犬が相手では無いに等しい距離である。

肺に空気を入れながら、体力不足の体に叱咤して走り続ける。

後ろを振り返る余裕なんてない。振り向いたところに犬の頭なんてあった時には硬直して死へと一直線だ。


日頃の運動不足を呪いながら、今出来る全力を出す。


「はぁ。死ぬ。はぁはぁ。心臓、壊れ」

「喋ると体力奪われるよ!!」

「だっ、だっ」


言葉が上手く紡げない。

足音が耳に届くだけでホラーである。ここが俺の墓場なのだと静かに覚悟を決める。


「大丈夫。お兄ちゃん」

「七、機?」


手にどこからか拾った様子の手杓子を持ち、にこりと微笑む。

武器になり得ないそんなもので安心出来るかと叫びたいのだが、今は酸素を求めるので精一杯。足を動かして前に進むだけの作業をするだけだ。


「僕はコッペリアン七機。武器を持って対峙する者だよ」


ドヤ顔で手杓子を振るうと、一振りの刀に姿を変える。身の丈を越える長刀を片手に持ちながらバク転で後ろへ飛んだ。

キンッと金属を叩いた音が響き渡り、足が止まる。

振り返れば、長刀を上手く使い、巨大な犬が放つ木の幹ほどある腕を弾き飛ばしていた。

鋭利な爪が顔を見せ、恐怖に顔が引きつる。


「えええい!」


呑気な掛け声とは裏腹に鋭い攻撃が犬の体を通り抜ける。

血は出てこない。ただ、黒い靄が空へと昇っていき、空を雲で覆っていく。


「これで、飛んでけ!」


空中で腰だめにした長刀を振り抜いた。

キンッと再び金属音がしたと思えば、犬が元々居た方向へと飛んでいく。


「お兄ちゃん。早く!」

「あっああ」


長刀を投げ捨てれば、それは壊れた手杓子に変わる。

慌てる態度から、倒したわけではなく。一時的に距離を置いただけなのだろう。

少しの休憩で息が整い、再び走るだけの余力が出てきた。

足に力を込め、前へと向かう。

見慣れない街並みだ。

だが、人は誰もいない。生活感があるのに、誰もいないことが不気味だった。

まるで、ついさっきまで誰かが生活していたにも関わらず、その人たちが追い払われたかのようである。


「ここは、どこなんだ!」

「選定の場だよ。ここで、僕たちは生きてたんだ。そして、最終試練が今なんだよ」

「俺を巻き込むなよ!!」


七機の試練に巻き込まれたからこんな状況になってるのかよ。普通に最悪なんだけど!!


「いい刺激にならない?」

「可愛らしく小首を傾げるな。まぁ、ネタにはなるけどさ」


先程よりもペースを遅くしているので話す余裕がある。

少しでも安全な場所で、今の状況をちゃんと説明してほしいものである。

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